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Baby Don't Cry

「やっぱり口に合わなかった?」
夕食を半分近く残してしまった僕を見て、君は顔を曇らせた。
「このブロッコリー、かなり柔らかくゆでたつもりなんだけどな」
右手に持っていたスプーンをテーブルに置き、ため息をつく。
「ねえ。私の作るごはん、おいしくないかな?」
途中から涙声に変わり、君は両手で顔を覆ってしまった。


ねえ、泣かないで。
君の料理に不満があるわけじゃないんだ。
今日はちょっと食欲がないだけで。
君を悲しませたいわけじゃないんだ。
「ごめんね」
ちゃんと口にできればいいのだけれど。
僕の思いは、君にはうまく伝わらない。


ねえ、覚えてる?
僕が君と初めて出会ったときのこと。
「やっと会えたね。愛してる」
君はそう言って、僕を強く抱きしめてくれたよね。
あのとき、僕もまったく同じ気持ちだったんだ。
初めての経験だった。人前で声を上げて泣くなんて。


ねえ、聞いて。
僕の隣りで涙の跡を残したまま眠っている君に、小さくつぶやく。
君に甘えてばかりの、まだまだ頼りない僕だけれど。
いつかきっと、君を守れるくらい強くなるから。
約束するから。
大好きだよ。だから、もう泣かないで。


「おはよう」
目ざめた僕に、君は優しく声をかけてくれる。
「おなかすいたでしょ?ごはん、すぐに用意するからね」
昨夜のことなんて何もなかったみたいに、当たり前にキッチンに立ち、冷蔵庫から食材を取り出し、コンロに火をつける。
忙しそうに動き回る君の後ろ姿を、僕は抱きしめたくなる。

「ありがとう」
素直に言えたなら、君はどんなに喜んでくれるだろう。
けれど僕は、こんな簡単な言葉すらなかなか口にできないでいるんだ。
意気地のない僕に君はあきれてしまうかな。
でもその代わり、せめて。
せいいっぱいの愛情をこめたまなざしで、君を見つめるよ。


「はい、あーん」
僕の口元に、君がスプーンを差し出した。
一瞬だけ顔をそむけてしまったのは、何だか照れくさかったから。
「どうしたの?ねえ、口あけて」
君の口調が少しすねたものに変わる。
「ねえ、口あけて?」
視線がぶつかる。君の瞳に僕が映っている。
ああ、今この瞬間をきっと幸せと呼ぶんだろうな。
「あーん」
君の言葉に合わせ、僕は大きく口を開けた。


・・・・・・
・・・・・・


「ねえ見て見て!」
突然君は後ろを向いて、ソファに座っていた男を大きな声で呼んだ。
「ねえヒロくん!ゆうちゃんが、離乳食を食べてくれた!」
ヒロくんと呼ばれたその男は立ち上がり、僕たちのいるテーブルまでやってきた。
戸惑う僕の顔を覗き込みながら、
「よしよし。ゆうちゃん、えらいぞ!」
そう言って、大きな手で僕の頭をなでた。
「一口食べてね、にこって笑ってくれたの!」
君は声を弾ませ、あろうことか、僕の目の前でヒロくんにぎゅっと抱きついた。


!!!!!!


「まま!」
「ゆうちゃんっ。今、ママって呼んでくれたの?」
「まま!まま!」
「ゆうちゃん。ほら、パパは?パパって言ってみな?」


違う!違うのに!
僕が伝えたいのは、君への愛の言葉なのに!
どんなに一生懸命話しかけても、生まれてから6ヶ月足らずの僕の言葉は、まだ君に理解してもらえない。
こうなったら、僕にできる唯一のことは・・・・・・


「やだゆうちゃん、どうしたの?急に泣き出して」
「もっとごはん食べたいのかな?」
「おむつ、濡れちゃったのかな?」
「おねむなんじゃない?」


君をパパに取られたことが悔しいなんて、きっと分かってもらえないんだろうな。
ふん。失恋ってこんな気分なのかな。
こうなったら、力の限り泣いてやるさ。
赤ちゃんは泣くのが仕事だっていうし、ね。

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