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群青と白痴。

スーパーで買ってきた、1本500円ほどのワイン。 スペイン産の赤。 葡萄を育て、頃合いを見計らって収穫し、絞り、発酵させ、瓶に詰めて、出荷し、船に乗せて・・・。 それで、500円。いったい、どういう料簡なのだろう。 トクトクトクトク・・・ 本当に良い音。これだけで、もう7割ほどは満足してしまう。 少しの渋みと、単純な酸味。 火照りは喉から胃におさまったと思うと、いつの間にか頬に届いている。 そうだ。意識は、頬に主役の座を譲ったのだろう。 パソコンのYouTu

    • カタンカタン

      カタンカタン 遥かから、音が響いてくる。 カタンカタン、カタンカタン あれは中央線だろうか。 車輪とレールと、ああ、枕木もか。 線路からは、2kmほどあるはずだけれど。 柔らかな心音のような規則正しいリフレイン。 永遠を思わせる繰り返しが、私を満たす。 ああ、私は海に潜っていたのだっけ。 カタンカタン、カタンカタン、カタンカタン 漆黒。 私は耳だけになってしまった。 境界線が怪しい。 私なのか、空気なのか、水なのか。 私は「ぽってりと柔らかなもの」

      • 夜猫ソファー

        ソファーで寝ているはずの猫が、カリカリと爪を研いでいる。 カリカリ。 パツン、とソファーがほつれる音がする。 …アイツめ。 まあ、ソファーの純潔はとっくに諦めている。 なにせ、猫だ。 音が聞こえなくなる。 きっと寝ぼけていたのだろう。 再び、夜の静けさがリビングを満たす。 スン という鼻息が一度。 そこからは、夜だ。 私も目を瞑る。 彼女がソファーで寝返りを打つことを、微かに期待しながら。 溶ける、溶ける。

        • 視線-1

          写真を撮っていた。 いつも、リコーのGR1が一緒だった。 夏の福島競馬で万馬券を当て、ひとり祝杯をあげた帰り道、一目ぼれしたカメラだった。 ショーウィンドーの中のすべての光を吸収するかのように、黒く、濡れたように見えた。 以来、少しでも心が動くと、シャッターを押した。 カラカラに乾いたセミの死骸。赤く錆びたアパートの手すり。 GR1が切り取る長方形の世界に夢中になった。 僕の暮らすアパートの2階から、僕は毎日シャッターを押した。 たいてい僕の世界は静かだったし、中で

        群青と白痴。

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        • 視線
          1本

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          冴えない日々を送る中年オッサン諸君、我々の人生に「舌触りの良い物語」を発見したぞ!『カンパニー』(伊吹有喜)

          カンパニー。 本作のタイトル。 「会社」「バレエ団」「仲間」 読む人の共感するものへの濃度によって、その色は変わる…。 …なんことはどうでもよくて、あなたが「40代を過ぎ」「冴えない会社生活を送り」「傷つきやすい」、そんな愛すべきダメダメ男性ならば、いつでも撤退できる軽い気持ちで読んでみることをお勧めする。 この物語は、「冴えない中年オッサン」に、「夢っぽいもの」や「希望っぽいもの」を、熱すぎず、温すぎもしない温度感で与えてくれるからだ。 主人公の会社員は、47歳

          冴えない日々を送る中年オッサン諸君、我々の人生に「舌触りの良い物語」を発見したぞ!『カンパニー』(伊吹有喜)