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思い出の品々 その3

テープレコーダーとの出逢い

小学校低学年ぐらいまでの幼い頃は、「録音」という行為は日常の外のものだった。家庭用の録音機と言うものが、それほど普及していなかったのだ。

一般に普及するのは、カセットテープが発売されてから、もしくは、所謂「ラジカセ」が発売されてからだったと記憶している。

そんな中、我が家にテープレコーダーがやって来たのは、確か小学校高学年の頃だった。カセットテープレコーダーは既に発売されていたけれど、どういう訳かオープンリールのテープレコーダーだった。

小学生と雖も、「デンスケ」というプロユースの高性能機は知っていて、同じオープンリールの機器を使えることに、何となく誇らしさを感じたものだった。

ちなみに、「デンスケ」というユニークなネーミングを小学生にして認識していたのは、当時テレビで放送されていた人気番組「デン助劇場」のおかげだったのだろう。あるいは、デン助を模した「デン助人形」への憧れによるものだったのかも知れない。

まぁ、それはそれとして、要は、生まれて初めて手にした自宅の録音機器は、オープンリールのものだったということだ。

このオープンリールのテープレコーダーを駆使し、これも当時流行していた3バンドの多機能大型ラジオ(特にこのカテゴリのための呼称はなかった気がする)でラジオ放送を録音し(その頃は「エアチェック」という言葉はまだ知らなかった)、日々音楽を楽しんでいたのだ。

しかし、それはいつまでも続くものではなかった。

友人は、皆カセットテープを使用していた。扱いが簡単だし、テープもテープレコーダーも小さい。

音質ではオープンリールの方が優っていた(多分)ものの、隣の芝生はなんとやら、中学を卒業する頃までには、我が家にもカセットテープレコーダーが登場することとなる。

ただし、当時流行の「ラジカセ」ではなく、コンポーネントステレオ用のカセットデッキという形で。

兄弟揃って、拘るところには拘る性分だったのだ。


カセットテープをどうしたものか

と、ここまでが前振り。

実家の整理を進めていく中で、ビデオテープの再処分に至るとともに、同じ場所に保管されていたカセットテープに気付いてしまった。(「思い出の品々 その2」の見出し画像で、ベータテープの上方に少しだけ写っている)

そして、誇らしげにオープンリールを使っていたくせに、カセットデッキを手にして以来、買ったレコードの録音は勿論のこと、FMラジオで新譜をまるまる流すような番組を探しては、エアチェックしてレコード代を浮かすなど、あっさりとカセットテープ生活に移行していった。

更に、そのことは運転免許を取得し、頻繁にクルマに乗るようになって益々加速していく。

当時のカーステレオは、CDが台頭する前にあって、当然の如くカセットテープにのみ対応していたからである。(流石に8トラのカーステレオは絶滅危惧種だった。)

クルマに乗る機会は大いに増えて行ったので、車中でカセットテープに収めたお気に入りの音楽を聴く機会も増え、文字通り「テープが擦り切れる」ほど聴いたアルバムもあった。

そして、自らの音楽の嗜好も多様化し、フォークと歌謡曲という路線から、ポップス、ロック、ジャズ、フュージョンと、ジャンルも様々、はっきり言って何でもありという状況になっていった。

なので、必然的に所有するテープの数は増加していった。テープなんだから上書き録音出来ると言っても、大抵はお気に入りの一枚を録音していたから、基本的には殆どが「録音=保存版」となっていた。

その習慣は、クルマにCDデッキが付くまで、あるいはMDデッキが発売され、それを装着するまで続いたのだった。

その名残が、今、眼前にある。

保管しているカセットを眺める。

背中のタイトルは自筆のボールペン書きだ。見慣れた癖文字が並ぶ。使用しているのは普通の油性インクなので、判読困難(不能)な程に薄れてしまっているものもある。

無理もない、ほぼ全てが30年以上経過しているのだ。

そして、我ながらマメだなぁと思うのは、ほぼ全てのラベルに、収録曲がギッシリと記載してある。

エアチェックであれば放送局等、ライブであれば会場等、ネットで情報を得られなかった時代に、よくもまぁ書けたもんだと感心する。(自画自賛)

ビデオの時にも思ったけれど、当時、ラベリングとかファイリングに相当な時間を費やしている。今、同じことをやれと言われても、多分出来ない。

面倒すぎる。

中途半端に、偏ってオタク体質なのだ。それとマイブームに流されるタイプ。

まぁ、何はともあれ懐かしいものが目の前に広がる。かすれていても悪筆でも、当時の記憶が蘇り、大抵の文字は読めてしまう。

意外なのは、そこに名前が記されているミュージシャンの多くは、30年の時を経た今現在も、往時の輝きを失うことなくご活躍中である。

自らの先見の明なのか、それとも世の中の人の趣味が、新しいものを求める反面、古き良きものに対してはある程度固定しているのか、その状況に驚くとともに、ある種の安心感を覚える。

どんな保存状態にあるのか音を聴いてみたい。けれども、手元に即座に使用できるテープレコーダーもテープデッキもない。実家にあるステレオは配線を全て外してあって即座に使用できないし、所有している筈のウォークマン的なプレイヤーは一体どこにあるのやら。しまいこんであるのか捨ててしまったのかさえ分からない。

ベータテープと同じ悩み、ソフトはあるけどハードがないのだ。

しかし、幸いにして、今使用している愛車のカーステレオは、なんとカセットテープ専用である。旧式の中古車にだって、メリットはいろいろあるのだ。これも、そのうちの一つと言えるだろう。

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だから、どうしても聴きたければクルマで聞けば良い。

ただ、そうは言っても、目の前にある音源たちを今後聴くことがあるのだろうか。

基本的には、今もメジャーなミュージシャンのものが殆どを占めている。つまり、ライブ音源とかの特別なものを除けば、その希少性は薄い。と言うか、ほぼないのだ。

改めて入手しようと思えば、比較的簡単に、そして安価に、入手出来ることだろう。実際、テープを探すのが面倒で、所有していると分かっていながらも、最近、手頃な輸入盤CDで購入したアルバムもある。

そんな具合だから、処分してしまっても良いのだ。

カセットテープを処分するにあたっての分類は、我が市ではビデオテープと同様に「その他プラスチック」である。

念の為、タイトルをチェックしつつ、ひとつずつビニール袋に納める。ビデオテープと違って、45リットルの袋を満たすような分量ではなかった。

ビデオテープは、テレビから手軽に頻回に録画していった結果、大量に所有することとなったけれど、カセットテープはと言うと、買ったレコードかFMラジオのアルバム特集からしか録音していなかったので、ビデオテープに比べると思いの外少ないのだろう。しかも、テープのサイズが小さいから、数の割に嵩張らない。

そして、ここにある以外に、自宅にしまい込んでいるテープが後から出て来るという可能性は、実家から転出した時期には既にCD愛用者だったことを考えれば、限りなく無いことだろう。

手書きのタイトルから呼び覚まされる、遠い過去の思い出は尽きない。

でも、いいのだ。これを一体誰が聴くのだろう。

もう聴かれることはないのだ。自分でどうにかするしかないのだ。

だから

処分していいのだ。

またひとつ、少しだけ整理が進んだ。次はどこに手を付けようか。


と、その時点では思っていた。

しかし、優柔不断な自分が今回はブレーキを踏んだ。

これは珍しいと思うものや、自分でセレクトしたコンピレーションテープは、流石に捨てるのに憚られ、取り敢えず別にした。そして、懐かしさと好奇心から、それを愛車のカーステレオで聴いてしまったのだ。

ビデオテープの時には、カビや湿気で使用不能になっているものがあったけれど、カセットテープは難を逃れているらしい。スピーカーからは当時のままのサウンドが流れてくる。

CDとは異なるアナログの優しい音。

もったいない。

思い出としてではなく、モノとして考えてももったいない。捨てることはいつでも出来る。場所をとるほどの量でもない。

速攻で捨てなくて良かった。

処分は先送りにして、もう少し聴こうかな。愛車のカーステが壊れるまで…