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【二本目:その席にて待つ】『いま、なんどきだい』【第十三回の配信】

 はじめましての方、ようこそいらっしゃいました。
 二度目以上お運びの方、本日もありがとうございます。
 虎徹書林ぷれぜんつ、木曜日のチョイと怖いお話――略称『虎徹書林のチョイ怖』をお届けします。

 今回の第六話、紙又は電子書籍に収録することが前提の短編小説の三本立て構成です。週に一度の連載で、完結まで五カ月ほどかかります(2024年7月ごろに完結予定)。一回分のボリュームは約5000文字ほどです。
 収録する書籍の出版予定は未定ですが、書籍化するにあたり加筆・修正がされます。また書籍化の規約上、noteでの公開が中止になることもありますのでご了承ください。

<六~過去と別ち今を吹き抜け三本目へ続く~>
※無料公開中は虎徹書林作品のご紹介(真ん中へんと最後あたりの二回)が含まれます

 突然ですがこっからは「あたし」が、勘が良いばっかりに面倒に巻き込まれた一見さんに替わりまして、皆様に一席伺います。
 本来ならば、一見さんをもてなした張本人の説明ってのが筋なんですが、こちらものっぴきならぬ事情があるようで……なぁに、大したことじゃございませんよォ。過ぎたるはナントヤラ。少々張り切り過ぎたツケで、暫し充電が必要なんだそうです。
 それでどうして、あたし引っ張り出されたかって話なんですが、イヤお恥ずかしい。生きてる時に身を立てるため磨いた拙い芸を役立ててこいって尻を叩かれまして――足が無いんで、何処が尻だか、あたしにも判りませんけども

 馬道通りを北に向かって歩くと、喧騒がフワっと遠のく瞬間が訪れます。
 界隈をゆるゆると歩く人の気はカラッとして温かくて、なんてことない路地にも美意識と風情が匂い立つようなところです。そうそう、生まれも育ちも此処って人が多いんですよ、この辺りは。
 あたしがそんな町と人に惚れこんで、一人で勝手に棲み付いたのは義務教育が終わる頃。気が付けば半世紀以上経っちまって、文字のまま、骨を埋めるに至りました。凄いでしょう?こんな図々しいジジィを追い出さなかった御町内の懐が如何に深いか!
 そんな我が町の自慢は、家族や親戚以上に人々に愛され、今や遠くの町から足繁く通う御常連も数知れないという蕎麦屋であります。隠れた名店、てやつですな。
 席数はおよそ五十。客捌きの鮮やかさで、席の回転率は抜群です。せっかち……じゃなくてエエ……一分一秒も無駄にしたくない、コスパ最重視の、せわしなーい現代人には有り難いお店!勿論、腹と財布にも優しいッ。休日の昼時には外で待つこともありますが、せいぜいが十分から十五分てとこです。なにより、あたしを筆頭に客層が上品ですからねえ!親しき仲の礼儀と思い遣りに支えられて、店は毎日気持ちよく繁盛しています。

 その蕎麦屋の名物女将といえば、セーターとジーンズに白い割烹着と三角巾がトレードマーク。働き盛りの三十路手前で先代女将から切り盛りを任されました。目端が利いて頼りがいある彼女は、店員からも常連からも信頼が厚い。女将オブ女将、ですな。
 それは、ついこの前の土曜日のこと。
 お昼の営業の最後のお客――近所に住んでいる男子大学生が、ざる蕎麦一枚分の支払いと一緒に、一冊の文庫本を差し出したことがきっかけでした。
「女将さん、これ、誰か忘れてったみたい」
「アラありがと。よくぞ気付いてくださった」
 学生さんは褒められたのが照れ臭かったんでしょう。耳がほんのり赤らんでおりました。
「珍しいわね。うちで本を読むなんて悠長なことする人、居たかしら」
「一見さんでしょ、観光で来た」
「ああ、じゃあ、取りに来られるかわかんないね……一応何処の席に在ったかだけ教えてもらえる?」
「それなら、そこ。俺が座ってた隣のテーブル」
「え?」
「ん?」
「それ、ほんと?」
 学生さんが示したテーブルは、いつもなら、女将が毎朝花を活けた水紋の柄の大きな花瓶や籠に盛った旬の野菜が置かれていて、特別な事情が無い限りお客は通さないことになっていました。
 ところがどういうわけか?
 その日は綺麗さっぱり片付いていて、誰のものかわからない文庫本が一冊置かれていた……暖簾を下げた後、女将はスッと目を細めて、そのカバーのかかっていない古ぼけた本の表紙を検めました。
「池波正太郎か」
 ちょいとー!と女将が一声呼ばわると、店中の人間が手を止めて集まりました。
「今日のこの席の当番は誰?モシカシテ、お客さんを通しちゃった?普段から、どうしても使う時はアタシに一言かけてねっていってるよね」
 総勢七名、店員たちは女将のおかんむりを前にして、知らない、私じゃないと言いたげに目くばせするばかりです。それを見た女将は、埒が明かないとばかりに、
「あのね、つるし上げようってわけじゃないのよ、これにはうちの伝統に関わるふかぁい事情が――」
 その時、女将自身が何かに思い至り、ハッと宙に視線を走らせました。そしてその目の輝きは、勤続歴が一番長い吉田のオバチャンの脳細胞を刺激し、この謎を解く重大な手がかりを引っ張り出したのです。
「私、この席に花巻をお出ししました……てっきり女将さんがお通ししたんだとばかり」
 途端に女将は血相を変え、帳場で伝票の束を掴むと、物凄いスピードで捲っていきました。
「花巻、花巻……あったコレ!」
 その伝票の筆跡は怖ろしいほどの達筆でした。しかも、店では鉛筆しか使わないのが決まりなのに、墨の匂いも新しい筆文字です。
 いったい誰が……?と皆が不思議がる中、女将は伝票を鼻先に持って行き、
「西瓜みたいな香りッ。あああああ、やられたわ。やってくれたわ、カミサマ!」
 女将の様子に、一同もア!そういうことか!と大納得。店内は一転、安堵感に包まれましたが、たった一人、さっぱり判らん顔の女性が居りました。
「カミサマって……え、どういう?」
 戸惑い気味に女将に訊ねたのは、先月採用されたばかりのアルバイトで、あだ名をミヨちゃんといいます。
 苦笑いする女将に、ミヨちゃんは申し訳なさそうな様子で続けました。
「この席のことは、吉田さんからちょっとだけ教えてもらってたんですけど!その、普段は『塞いで』おくっていうことだけ……え?吉田さんがカミサマ?」
 ミヨちゃん、なかなかのトンチンカン……いえ、大物の片鱗を見せつけます。
 違う違う!と、女将はミヨちゃんの顔の前で大きく手を振りました。そりゃそうです。吉田さんにとっては寝耳に水の大勘違い、ここで話をややこしくしては、解決するものも解決しなくなっちゃいますから。
「ごめんごめん。お客さんがやっと戻って、急に忙しくなって、説明が後回しになってたんだよね。よッし、いい機会だ!」
 女将は座って?と、件のテーブルにミヨちゃんを促しました。
「この席はね『絶対に座っちゃダメ』ってんじゃないのよ?ミヨちゃんも何回か、ここでまかない食べたりしたでしょ?つい一昨日の夜だって、団体さんをお通しした時、手伝ってもらったじゃない?」


『いま、なんどきだい』の二本目のお話【その席にて待つ】お楽しみのところ、失礼いたします。
 既刊もよろしぅお願いします(*´ω`*)
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<広報>虎徹書林の本


 オオオオ……と感心しながらこくこくと頷くミヨちゃん、表情が豊かなだけでなくとても素直でものの飲み込みが早いようです。女将も安心して話を続けます。
「そう、全ッ然、なんの問題も無いの。ただ、ちょーと面倒な、気難しいぃ『蕎麦屋の神様』がね、居るのよ」
「ああ!そういう……って、え!神様?え、え、何処、何処ですッ」
「大丈夫、今は居ないから!普段は居るんだけど……ああ、でね。いつの頃からかは定かじゃないけど、この席にお通しされたお客は、うち神様に『お得意さん』認定されるの。特にお気に入りの人は家までついていっちゃうし、余所のお客を引っ張ってくることもある。なんせ商売大好きな神様だからねぇ。さっきも言ったけど、別に誰が座ったって構やしないのよ?でもね、神様の『もてなし』ってのは、私たちのそれとは違う……うまく説明出来なくて歯がゆいんだけど。私たちの常識が通じない御方だから、ついやり過ぎちゃうのが玉に瑕」
 女将の苦笑いに明らかな不安の色が浮かびます。
 一般に神様と聞くと、人知の及ばぬ高みの存在、てなことを思い浮かべますな。そんな御方に上げ善据え膳してもらうなんて、考えただけでも畏れ多いってもんでしょう。
 ミヨちゃんが自然に声を潜めちゃうのも頷けます。
「やり過ぎって、呪われる、とかですか?」
「うーん……まぁ手短に言うと。店としては、神様の御厚意は有り難い。神様が町を賑わしてくださってるから、うちの商売も自然とうまく廻ってるわけだし。けど、手加減を間違えて変な噂が立ったら、逆効果でしょう?だから、神様には毎回、ほどほどを心掛けて下さいねと釘を刺す『手順』てのがあるわけよ」
「ああ、なんか判ってきたような」
「良かった!流石、ミヨちゃん。話が早くて助かるッ。実を言うと、私も神様の縁起?経緯?よくわかってないから……ばあちゃんが死んだとき、こんな感じだヨ頼んだヨって、なんとなーく『継いだ』ってだけだから」
 するとそこへ、申し訳ない……と、頭をかきかき、厨房から旦那が出てきました。
「今日の当番、俺だった!しかも巳の日だってよ、間の悪い」
 最悪ぅ、と天井を仰いだ女将は、立ち上がると割烹着と三角巾をパパっと取って、
「お迎え、行ってくるよ……もう!大丈夫だから。面倒くさい神様だけど、きちんと叱れば戻るから。ほら、いつも通りスマイル、スマイル」
 そうして再び、手にした例の伝票の、達筆な文字を読み上げます。
「あつかん、花巻、かきあげ、板わさ……ふーん、もしかして苦戦した?」
 ニヤリと笑った女将の威勢のいい海老天!の掛け声に、旦那はアイヨ!と応え厨房に駆け込みました。旦那は程なくして、懐紙を敷いた小さな笊に乗せた海老の天ぷら一尾を女将に渡して、小さくウインクを一発。
「よろしく頼むよ。なるべく優しくな、悪気はないんだから」

 そんなこんなで、天ぷらが乗った笊を新聞紙で包み、日本酒の小瓶も携えて、女将は意気揚々と近所の弁天堂へ向かいました。
 歩き慣れた国道沿いを暫くてくてく……少々込み入った路地に入って、左に右にと抜けていくと、観音寺の裏手からちょっと外れたところにある小さい御堂に到着します。
 お天道様は空の真ん中を通り過ぎ、そろそろ西の方に傾こうかという時分。人っ子一人いない境内に入りますと、女将は慣れた様子で賽銭箱の横の階段に新聞包みを解いた笊を置き、小瓶の口を切って日本酒を少々含みました。流れるような手つきでポケットから取り出した五十円玉三枚を、賽銭箱の中にジャらッと入れ、柏手を二つ打ちますと、辺りは木の葉すら揺れるのを憚るほどに空気が張り詰めます。
 女将がそっと目を閉じると、その指先にスルルル……とこそばく這う何かがやってきました。女将は口の中にお酒を含んでますのでね、ただそのままジーっと、何かがするに任せているのみでございます。
 その、細く小さい這いよる何かは、女将の肩の上で遊び、首をきゅるっと一回りすると、観念したのか飽きたのか、盆の窪からするり……と女将の体の中に入り込んでしまいました。
 すると――女将の喉がゴクリ、と上下して、どうやら酒を飲み下した様子。
 その顔は少々血の気が引いたようにも見えましたが、ホッと息を吐きだした口元には安堵の笑みが浮かんでおります。
「やれやれ」
 首の後ろをさすりながら、女将は独り言にしちゃあ大きな声で、
「鴨葱とか言わない!今はどこも踏ん張り時なの、あんまり強引だとうちの評判にもかかわるんですよ?そしたら神様だって困るでしょう?焦りは禁物。持ちつ持たれつ。もう何百年この『家訓』でやってると思ってんですか」
 答える者は、あたしの目に映る限り、やっぱり誰一人居りませんでした。ええ、それはまるで誰かがそのように取り計らっているかのように……ゆっくりと眼を開けた女将は、フフと笑って続けます。
「町は少しずつ元気が戻ってきてますから。そうねえ、何もかも昔の通りとはいかないかもしれません。けどね、神様が心配してお出ましになるほどの一大事は早々起こりませんよ。信用してくださいな。これ幸いとやって来る余所のカミサマもマジナイも……そう、そこはね、私たちだってやる時はやります」
 そう言えば、笊の中の海老天は、いつの間に、どういう仕掛けか、影も形もなくなっております。女将は空になった笊を手に取り、そっと胸に押し当てました。
「それはそれ、でしょう?私だって鬼じゃありません。え?ああ……神様同士のことは私にはどうにもできませんから、そうだなあ、見て見ぬふりをしてますんでそちらの流儀でご自由に?」
 女将が不敵に微笑むと、観音寺の方角から一陣の風が吹いてきました。木の葉がザザザと揺れるのを合図にしたように、ランドセルを背負った子供が数人、境内に走り込んできて、女将にコンニチハと挨拶をしたところで……過去から一歩も進めぬ、死人のあたしのお話は終わりです。

 蕎麦屋の神様が如何なるマジナイでもって一見さんを『もてなし』たのか、あたしにゃ想像もつきませんが、女将同様にお察しのいい方は、もう全てお見通しでございましょう。
 続きが聞きたい方は、どうぞこのまま、女将と一緒に未来に向かって吹く風と子供たちの声に耳をおすましになってください。
 いやはや、たまに娑婆に出ると、腹が減って敵いません。失礼、観音寺の線香の煙を頂いてから帰ることにいたします。

<参考文献>
『江戸の味が食べたくなって』 池波正太郎
               (敬称略)

第十四回へ続く】

 最後までお読みいただき、ありがとうございました!
 これにて第二部、幕引きです
 来週・再来週は、連載期間の調整と文学フリマ東京38準備で配信お休みします
 第三部は5月23日スタート!

 配信お休みの間は、第一部・第二部のおさらい一気読みに加え、紙版や電子書籍の既刊もぜひぜひ(*´ω`*)
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このnoteを書いた人


ご質問は――「こんな話を書いて欲しい!」などの御要望もこちらまで

ご感想は――個別のお返事はできかねます。ゴメンナサイ

まさかとは思いますが……コラボのお誘いとか御仕事のご依頼とか――


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