アイキャッチ_遥なしVer.__mini

HALCA -星空のパラソル- #19

#19 「さよなら」

※本作品は2008年に執筆、2009年に追加修正したものです。

#19は推奨BGMがあります。本文中、「▶」が表記される箇所のタイミングでクリック先のBGMを流しながら読むと、より没入感が味わえます。(パソコン向け)
先にリンク先を開いて止めておくのがお勧めです。


 俺も比良橋先生も、天井を仰ぐ。
「どうした、遥」
 俺の問いに、遥の緊迫した声が運用室内に響いた。
『駄目、まだ一人残ってる』
 背中を貫くような衝撃の一言だった。全滅させたと思っていた電波生命体が、まだ生き残っていた。もしそうだとすれば、もう不意討ちは効かない。一人でも残っていれば、そのまま地上にまっすぐ向かい、いくらでも人類を脅かす存在となれる。なにせ、相手は俺たち人間が目で捉えられない、光速の生命体なのだから。
 遥が消えてしまったかのように感じたさっきの時とは別の、違った絶望の色が宇宙研の面々の間に拡がってゆく。電波照射が可能な「はるか」はもう死にかけている。近くには現役運用中か、もしくは廃棄となった人工衛星のどちらかしかないし、それらは電波生命体と戦えるようにはなっていない。そもそも唯一の対抗手段は、待ち構えての不意打ち以外にはなかったのだ。こちらのカードがはっきりしてしまった今、電波照射が相手に通じるとは思えない。
 だがしかし、何故だ? 何故、一人だけ生き残った?
 オルフォスから地球に向けて進行していた奴らは、「はるか」の電波照射と、太陽風によって掻き消された。それに耐えうる道があるはずない。
 遥は生き残った電波生命体の気配を感じるらしかった。相手について、通信で特徴を告げる。
『近くに別の人工衛星がいる。そこから気配を感じる。さっき地上でも感じた気配……』
 そこまで聞いて、俺には相手の正体が分かった。
 サテラだ! 一瞬でピンときた。
 そして同時に、遥のその言葉を聞いた瞬間、俺は自分が一つ見落としていた事に気づいた。
 携帯テレビの放送は大抵今はワンセグだが、半年前の航空テロ現場で見かけた携帯テレビのドラマは、あまり地上波で見ないものだった。つまり、あの携帯テレビに映っていた放送、あれは地上デジタルのワンセグ放送ではなく、衛星放送だったのではないか。
 迂闊だった。さっき追い込まれた奴は、遥のヘッドフォンに移ると見せかけて、拠点である人工衛星に戻っただけだったのだ。俺の読みが足りなかった!
 思わず、握りしめた拳に力がこもる。
 遥は通信を続ける。
『向こうも太陽風で弱ってる。気配で感じる。でも衛星を抜ければ、きっと死ぬ事はないと思う。コンピューターではなく、電波の状態に戻れば。生き残るつもりなら、きっとそうすると思う。明日人、言っていたよね? 電波に同じ波長の電波を当てれば、相殺して互いに消滅させられるって』
 その遥の言葉に、俺は瞠目した。
「な……何を言っているんだ、遥? まさか――」
 比良橋先生が慌てて椅子から立ち上がった。
「馬鹿な事を考えるんじゃない、遥!」
『馬鹿じゃないよ』
 遥は怒るでもなく即答する。一つ一つ、言葉を噛みしめるように話す。

『お父さん、私、本当の娘じゃないけど、お父さんの娘で良かったと思う。いっぱい、私を愛してくれたよね。私が本当の遥じゃないって知っても、それまでと変わらずに接してくれた。嬉しかったよ。私、比良橋遥でいられて、本当に良かった』
「遥!」
 比良橋先生は声を振り絞った。ずっと遠くの、真っ暗な空にただ一人きりで浮かぶ娘を仰ぐように、天井を見つめた。
 俺は拳を握った。爪が肌に食い込む。歯を食いしばる。ただひたすらに、自分の不甲斐なさが許せなかった。
『明日人』
 ノイズで乱れた声で、遥が俺の名を呼んだ。「はるか」の機体がもう限界近いのだ。このまま「はるか」の中に留まり続けても、遥は助からない。だが――。
 人工衛星を抜けても、遥は消える。遥はその決意を固めている。
「駄目だ、遥。そんなのは、駄目だ。言っただろ、これからもずっと、一緒だって」
『聞いて、明日人』
 合成音声とは思えない、穏やかで、優しい声が言った。
『今まで明日人と一緒に過ごせて、凄く楽しかった。「はるか」と「ASTRO‐G」、二人が出会ったのは、今でも運命だと思ってる。

明日人にはこれからも宇宙を好きでいてほしいんだ』

 目を開けている事ができなかった。ぎゅっと閉じた両の瞼(まぶた)から、温かい物が頬を流れ落ちたのが分かった。
 人工衛星「はるか」は限界寸前だ。コンピューターが死ぬ前に、遥は再び電波に戻って、人工衛星を抜ける。そして、敵であるサテラに、自らの体をぶつけて、相殺するつもりなのだ。
 地上にいる俺たちには何もできない。宇宙での事は、宇宙にいる者にしか対処できない。自分の無力さが悔しかった。俺には遥を守ってあげられる力が、何もない。
 どうして、俺は。どうして……。
 遥は優しい声で俺に語りかける。
『明日人、さっき訊いたよね。どうして無茶するのかって。私はね、明日人やお父さんのいるこの星の未来を守りたかった。私にとっての第二の故郷だから。雨の日とか、ジェットコースターとか、写真とか、音楽とか、好きな物がいっぱい。明日人も、お父さんも、宇宙研の人たちも、みんな、みーんな大好き。だから、私が守りたいの。私にしかできない事だから』

 ノイズが酷くなった。
 なんて――。
 なんて、遠いんだろう、俺たちは。
 あんなに、すぐ傍に感じていたというのに。それが俺には悔しかった。目から溢れ出る涙が止まらなかった。
「遥、俺、もう一度、君に会いに行く。何年かかってでも。必ず。会いに行くから」
 情けないが、それだけの言葉が今の俺の精一杯だった。他に何も言えない自分も悔しかった。
 遥は少しの間だけ黙っていて、やがて笑みを含んだ声で、一言だけ答えた。

 『うん、待ってるね』

 微笑んだ顔が見えた気がした。俺ははっとして目を開く。涙がとめどなく溢れてくる。
 通信は激しいノイズとなり、それ以降、一切の連絡は途絶えた。比良橋先生は椅子に体を預け、放心するかのように天井を見つめて黙っていた。宇宙研の職員らには、涙を流す者もいた。
 そして俺は棒立ちのまま、泣き続けていた。何時間も、ずっとずっと。遥と過ごした日々を思い返しながら。

 その日、半年に及ぶVSOPダッシュ計画は幕を閉じた。暗闇に浮かぶ、美しい金色の傘の、命と引き換えに。



 → #20 一年後

#小説 #連載 #SF #宇宙 #宇宙科学 #人工衛星 #はるか

※本作品に登場する地名、団体名、曲名、科学衛星名などは実在のものを使用しています。
また、実在のものは全て2008~2009年当時の状況を描いています。

※本作品は宇宙、宇宙科学について一から調べて書いたものですが、最終的に宇宙周りに詳しい方の監修等は受けていない為、ご指摘等あれば後学のためにも戴けると助かります。
また、仮に数学的、物理的な点での間違い等があれば、同様に後学のためにご指摘ください。

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