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おしり

おしりが鍛えられてる人は、良い人だ

小学生の頃みんなの為にがんばる体育会系の男の先生を見ながら父親が言った。

そうなんだ、と思った。

要は、ちゃんと鍛えている人は芯があって真面目だと、そういう感じのことを言っていた気がする。

人を見分ける基準としてはわかりやすくていいなと思った。

それから数年、高校生になった。
動物のおしりの良さに虜になり、尻フェチへと昇格した。
今思えばあの父親の一言から尻への執着が始まっていたような気もする。恐ろしい話である。

人と関わる中で、なんとなく

プリケツの人は根本が優しくていい人なのだろう。
知らんけど。
みんなより踏ん張って耐えて生きてる証なんだろうな。
知らんけど。

と思いながら過ごした。

それからまた数年後、ジョジョやゴールデンカムイにハマりプリケツの男は良い男だという考えに拍車がかかり谷垣ニシパのような男に会いたいと思った。

ら、会えた。

筋肉があり、プリケツで心根がすごく優しい男。
助かる。
仕事も真面目にやって、身だしなみも気を使い、言葉使いも優しい。

すぐ入籍した。

年の差もあり、付き合って数年で入籍はとち狂ってないと出来ないのではないかと自問自答した。

が、

自分のこの判断が正しかったことを結婚してからより知ることになった。

洗い物はしてくれるし、洗濯もしてくれる
ゴミ出しも、片付けも、買い出しも頼めばひとつ返事でやってくれるのだ。

そして何よりも常に褒めてくれる。
自分がやりたいと思ったことに対して、後押ししてくれる、いいプリケツなのだ。

常に自分を第一に考えて動いてくれるので、自分もなんの不安もなく幸せでいれる。ストレスフリー生活。
このことの素晴らしさや否や。

毎日夫のおしりにお礼参りをし、毎日幸せでいれることへの感謝を述べる。
このキショいルーティンすら許してくれる心の広さよ。

女の胸には夢と希望が詰まっていると言うが、男のケツには愛と優しさが詰まっている。

気がする。

過去の恋愛はやたら二股やらなんやら起きて、ストレスでガリガリに痩せていた。
今は過去最高にまるまるとしていて、健康的で宜しいと友達に言われるまでである。

毎日が当たり前に幸せなのも、プリケツがあって、プリケツの男が心底いい男だからだろう。

自分の目に狂いはなかった。
お父さん、ありがとう。
この世はケツで決まるのだ。たぶん。

締りのないケツをしているやつは態度も締まらず、なよなよしている。
知らんけど、たぶん。
たぶんね。部分的にね。

根が優しく、人として可愛いやつはだいたいプリケツなのだ。
動物も根は優しく可愛い。そしてプリケツである。

しかし、動物に関しては締りのないケツでも許される。
なぜなら存在が可愛いから。ありがたい。

そんなことを思いながら日々、前から来る動物の尻を振り返って見る。

こんな感じで人生とは、たまに振り返る程度で良いのだ。
自分の人生にタイトルをつけるならこうだろう。

プリケツと共に去りぬ...

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