中島みゆき

「たった一つのお化粧だから」

 結婚したとき義母の眉毛が美しいアーチを描く三日月眉だったことにとても驚いた。私自身はアトピーのため化粧ができないので知らなかったが、後にそれは眉墨で描いたものだとわかった。

 義母がそれを意識していたかはわからない。ただ、細く美しいカーブの三日月眉は女性にはとても良い人相。結婚すれば男性によって運勢は変わることもあるけど、それでも女性らしい幸せな生き方ができるといわれていた。(ただし、今は時代もかわって、流行もあるので、鑑定では別の話をしなくてはならないかも……)

 義母は歌手の中島みゆきの若い頃によく似た美しい人で、今はもちろん86年間のシワを顔に刻んで、眉は一本気の性格を表す太くて真っ直ぐな眉に戻っている。

 昨年の夏、主人と本州に住む義妹と3人で旅行して北海道に帰ってきた夜、私は飲めないけど主人と義母は大いに飲んでいい気持ちで就寝。

 次の朝、何か様子がおかしいけど、いつもの義母の「大丈夫」という言葉に私は主人を送るために外出した。帰って見るとソファからズリ落ちるように倒れている。私はあわてて起こそうとしたが36キロしかないといっても、とてもソファに戻せないことに気がつく。

「大丈夫、大丈夫、少し眠いだけだから」という義母。本当に眠そうだった。どうしようか迷ったが、義妹に電話して旅行の様子を聞いてみた。その中で、「まったく水を飲んでくれなかった」との言葉にこれはもう脱水だと思い、救急車を呼んだ。ビールは水分にはならないこと、アルコールは水分をつれて体外に出す作用があることも思い出した。

 救急隊員が到着する直前、繊毛状態になった義母が叫ぶ、
「ふゆこさんお願い眉毛を描いて、とにかく描いて」と。
「お母さんそんな場合じゃないですよ」
「いいの描いて、たった一つのお化粧だから」

 その言葉に私は急いで母の荷物から眉墨を探して描いた。義母は安心するように目を閉じ、そして救急車が到着……、もちろん今も元気に眉を描いて暮らしています。


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