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暴力性が高い男は本当に幸せなのか?

頭脳にはそこそこ恵まれたものの、気が弱いせいで結婚や仕事などが上手くいかずにしんどい人生を送っているチー牛男子たち、彼らがが求めてやまないものがある。それが”暴力性”だ。

暴力性とは主にヤンキーや体育会系、ツーブロックゴリラタイプのハイスぺ男子たちが持つ男性ホルモン由来の行動力や戦闘力、屈強な肉体を指して使われるネットミームである。ネットで使われる暴力性は”男らしさ”とほぼ同義である。

ママやパパに従って勉強を頑張り、地味ながらも大手の優良企業に就職、あとは恋人を見つけて結婚するだけ。しかし恋愛資本主義がすっかり根付いた令和日本では、いくら学歴が良くてもそれだけでは結婚相手の女性を手に入れることは難しい。

令和の男女平等社会で男性に近い年収を手に入れた女性たちと、平成から続いた30年の大不況のせいで年収が低下した男性たち。もはや年収だけでゴリ押しするだけでは結婚することはできない。よほどのイケメンでもない限りは、女性をリードする甲斐性や頼りがい、強さや逞しさ、決断力などのテストステロンによる男らしさ、つまり暴力性がないと女性に選んで貰えない時代になったのである。

このような現実を受け、陰キャのトー横ツイッターでは今や暴力性が一大ブームとなっているろくな学歴も持たない肉体労働者のヤンキー親父たちが結婚して家族と楽しく暮らしているのに、高学歴でそれなりの企業で真面目にコツコツ働いている俺たちは彼女すら作れない。なぜなら暴力性がないからだ。暴力性を身につければ彼女も出来て結婚もできるはず!親は男に子には賢さよりも強さを教育すべき!強さの無い男はいくら賢くても遺伝子淘汰される!暴力性を信じろ!!

そんな非モテ男子たちの暴力性賛歌で溢れれるツイッターを眺めていると、暴力性さえあれば何だかんだ男の人生は上手くいくと感じてきてしまう。もちろん筆者も男の人生にある程度の暴力性は必要不可欠だと感じている。常に競争にさらされる男の人生、戦いから逃げ続けて真っ当な人生を送ることは不可能だ。しかし暴力性が高すぎる場合はどうだろうか?

筆者は生まれつき暴力性が高い男性の友人が何人かいる。彼らの人生を間近で見てきた中で一つの真実がある。それが『暴力性が産まれつき高い男性たちも人生に悩んでいる』ということだ。

生まれつき高い暴力性に恵まれた男性たちは一体どんな人生を歩んでいるのだろうか?彼らは何に悩まされて生きているのだろうか?

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