鍋もまた

火をつけ、鍋を温めた。油を引いて、玉ねぎを炒める。卵を解き、鍋に入れる。買ってきたカツを袋から出し、鍋に入れるタイミングを伺っていると、卵が固まっていた。急いで火を弱めるが、どんどん硬くなっていく。僕は順序を間違えた。玉ねぎの後は、そもそもタレを作るべきで、その後にカツを底に置き、最後に卵で閉じるべきだったのだ。失敗したと思った。一度目はレシピを適当に探して作ったから、二度目もできると過信していたのだ。あっけなく固まっていく卵を、僕は眺めていることしかできなかった。

仕方なくすでに閉じてしまった豚カツを、鍋の底に沈め、混ぜた調味料を入れた。卵もカツも、ただ入れられただけ、僕の知っているカツ丼とは遠いものになっていた。僕は落胆とともに、鍋を見て、思わず溜息をついた。はあ。その息は口から鍋へ向かって落ちた。割った卵のようにぼと、と。ぼうっと見ていた鍋は気がつくと、僕の顔を写していた。暗い底に映る男の顔。絵に書いたような落胆だった。ああ、固まっていくんだおれは。思わず手を伸ばすが、身体の下半分はすでに固まり、割れていた。足の小指が取れ、早いうちにふくらはぎの肉が裂けていた。膝が割れ、尻から左半分が割れた。なんとかもがくが、動くほど身体は砕けていった。口から甘辛いのスープが侵入し、なんとか吐き出していたが、一度吸ってしまうと、次々に雪崩れ込み、肺を満たし始めた。苦しい咳が止まらず、胸が痛み始めた。腹は圧迫され、苦しく、もうひび割れ始めていた。感じたことのない痛みがあり、身体から温度が消えていくのがわかった。動かせるのは突き出した右手だけ、必死で何かを掴もうとするが、触れるのは感触のない湯気がまとわりつくだけだった。何を、どうしてもがいているのか、わからなかった。次第に力が入らなくなり、冷静に考えていて、どうでもよくなっていた。頭がぼんやりし、暑く、苦しく、痛く、冷たく、気持ちよく、おれはこれに快楽すら覚えていた。身体がなくなっていく感覚だった。おれはこれをずっと夢見ていた。

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