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おろしは積もった春に

冬だった。雪が降っていたから。でも、その前後の日はやけに晴れていて、春用の服を出していたから、突然の雪のせいで、次の日は少しカゼを引いたと思う。お寺の短い参道には、既に桜は満開で、生き生きとした葉が木についていたのものあった。上を見上げながら不安定な砂利道を歩いた。がり、がり、という音が足から伝わって、小さいころからこの感覚が好きだった。多分石の擦れあう音だったと思うけれど、もしかしたら、雪を踏んでいていた音だったかもしれない。その日は一日中空を雲が覆っていたので、朝も夜も夕方も区別がつかなかった。夜、真っ暗になると、雪は降らなくなった。その代わりに街には電灯の光が降り注いだ。雪はそれをはねのけて、はねのけて、目に焼き付けた。少しだけ積もった雪は踏むと、ウ、と音を出した。

どこに向かって歩いていただろうか。とても寒かったから、ダウンジャケットを羽織って、できるだけ下着を重ね着をして、セーターを着て、下はだぼだぼのズボンをはいた。雪が解けてしみていた。茶色の綿のパンツは足の前の部分の色がすっかり変わっていた。水分で足とズボンはくっついているので、歩くたびにその吸い付きを足に感じていた。相変わらず、雪は白く積もっていた。前を歩く白髪を肩まで伸ばした男が、雪の上をカタツムリのような足の速さでモ、モ、と一歩ずつ前に出して歩いた。彼は慎重に歩いた。転ばないように歩いていた。時々、車道では車が通った。鈍そうな赤のランプをぺ、ぺと吐きながら雪の中を伸長に走った。土やごみが混じった雪が車道に、ところどころ山を作っていた。車が通った後のアスファルトの上にはタイヤの模様が、何層も重ねられていて、それたちを透かして見たら、雪の結晶みたいに、幾何学的な模様をしているのかなあ。

コンビニの制服を着た金髪の若い男が飛び出してきた。自動ドアからは、白くて清潔な明かりが、泥を含んだ雪を照らしていた。よく見れば、泡の含んだ液体を着けていたので、誰かそこに唾を吐き捨てたのだろう。ぺ。

コンビニで買った清潔なおでんのダイコンは、箸で割って口に運ぶと、思ったより熱かったのか、口から離れて箸から落ちていった。雪の上に、ホ、と。雪は熱いおでんのダイコンを受けて、熱かったのか、地面にダイコンを落とした。ダイコンは地面に落ちた。ダイコンは、それから土に消えていった、はずだ。

朝起きると、ダイコンと一緒に雪も溶けていった。

その日の夜、冷蔵庫から水分を幾分か失ったダイコンをとりだし、葉を切り、真ん中から二つに切って、先端が付いているほうをおろし金にあてて、ダイコンを擦った。磨った。大きなダイコンだったが、なくなるまで磨った。疲れたら、その都度、カフカの小説の続きを読んで、また少ししたら、ダイコンを擦った。全部擦り終わったダイコンは、もとの形をしていなかった。

ダイコンのおろしたものを、白いお皿に移した。皿は雪だな、と思った。しかし、しょうゆをそこに垂らしたとき、おろしに染み込んだしょうゆは、どろとなり、あの道路に積もっていた、小山だと思った。僕は部屋の窓を開けて、ダイコンおろしを少し食べて、雪の上に吐いた。

車が一台、ぺ、と通った。

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