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【短編小説】ヒバリ【春の夢】

   ヒバリ

 春の夢を見ました。普通、夢の続きなんてなかなか見るものではないのですが、私の春の夢はどうも続きものになっているようなのです。最初、私は見知らぬ女性とベンチに座っていました。桜の花びらが雨のように降り注ぐ中で、私は本を読んでいました。丁度寝る前に読んだ文庫本の続きだったのでよく覚えているのですが、所詮夢は夢ですので、脈絡のないストーリー展開に笑ってしまった記憶があります。女性は私の隣で誰かを待っているようでした。知らない方でしたので、輪郭も顔のパーツも全てが霞のようにぼやけておりました。
 春を迎える度に、私はこの夢を見ます。既に読み終えた文庫本ですので、ストーリーもきちんと覚えております。私は桜の花びらをよけながら本を読みます。女性は変わらず隣に座っております。
 五年前のことです。私は初めて女性に話しかけました。一体何故そのような行動に移ったのかは覚えていません。ですが「よくお会いしますね」と私は話しかけていました。彼女は微笑みながら――といっても、知らない女性でしたもので、顔のパーツはうまく視認できておりません。ただ、私には彼女が笑ったのだと分かったのです。彼女は人を待っていると言いました。毎年毎年このベンチで人を待っているのだそうです。毎年毎年待っているのですから、彼女の待ち人は来ていないのでしょう。
 彼女はヒバリのような声で、彼女のお話をしてくれました。このお話は一気に聞いたわけではなくて、春の夢を見る度に徐々に私の中に増えていった情報の集合で御座います。もちろんここに書けないような秘密もいくつか教えてもらいました。読書がお好きで、私が読んでいる文庫本のページがどんどん分厚くなっていく(彼女は私の右側に座っておりました)のを、こっそり観察していたそうです。そして犬を二匹飼っているそうです。小柄な柴犬を二匹。私も犬を一匹飼っている、けれど元々野良の雑種ですので、年齢もよくわからない。成犬であるのは間違いないという話をしました。人間、共通項があるとお相手への親近感が急激に芽生えてしまうものです。恥ずかしながら私は彼女に恋をしていたようです。私は、彼女に嫌われないようこの好意を押し込めながら彼女の話を聞きました。
 去年の春、彼女が待っているお相手の話を聞きました。同い年の男だそうです。とある商社の営業をしていて、毎日多忙だそうです。急な仕事で約束をすっぽかすのはままあることで、彼女がここで待っているのもそういうことだと思う、とのことです。「思う」というのは、男から連絡が来ないから本当のところが分からない。
 彼女の話を聞くうちに、私はだんだん腹が立ってきました。可憐な女性をただただ待たせるだけでも酷いというのに、待ち合わせ場所に来ることができない理由を知らせることすらしない。
 私は、思わず「お酷いお相手ですね」と彼女に話しかけてしまいました。彼女は悲しそうに微笑んで「でも、仕方ありませんから」と言いました。私は胃の底に不快感を覚えました。何故あなたが庇うのだ、あなたのお相手はあなたをこんな場所にほっとくような極悪非道の人間なのだ。世間一般では約束を反故にするのは最悪の極みであり、あなたがヤツを庇う理由などない。
 彼女は悲しそうな顔をしました。「あの方のことを悪く云わないでください」と言って、そのまま黙ってしまいました。

 その続きは昨日の夜を予定しておりました。彼女はどうせ私の隣に座っているものだと思っていたのです。去年のことを謝って、私は「貴方のことが好きなのだ」「心配のあまり余計なことを言ってしまった、悪い癖だ」「許してほしい、とは言わないが私は心から貴方に申し訳ないと思っている」と伝える予定だったのです。ですが肝心の夢に彼女の姿はなく、桜の花びらに埋もれた文庫と写真がありました。文庫本は私が読んでいた本の続編として、先日発売されたものであり、写真は彼女の写真でした。隣には親しげに彼女に寄り添う男がいました。
 メッセージが添えられています。おかげさまで、彼と話し合うことができました。貴方のおかげです。綺麗な文字です。芸術作品として価値があるのではと思ってしまうくらいに――。
 私は、一人静かに、文庫本を開きました。
 ヒバリの声がします。



 シロクマ文芸部
「春の夢」より

気の利いたことを書けるとよいのですが何も思いつきません!(頂いたサポートは創作関係のものに活用したいなと思っています)