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【短編小説】願望

 彼女のことは、嫌いではなかった。話をしていて楽しいと感じていたし、底抜けの明るさに救われたことも多々あった。それはきっと俺だけではなくて、俺と一緒に旅をしていた魔法使いと盗賊にとっても同じだろう。特に魔法使いは同性ということもあって、彼女――ヒロインとは、とても気が合ったほうだから。
 ヒロインはとても正義感が強く、また同時に行動力を兼ね備えていた。街の人々は彼女のことを「勇敢」だと褒め称えていたのだが、一行のリーダーである俺(巷では「勇者」なんてあだ名がついていたけれども、俺はただの傭兵みたいなものだからそんな英雄の名前なんてむず痒くてたまらなかった)はすぐにそれが間違いであると気づいた。
 彼女は、悪を許せない類いの人間だった。
 剣を持てない。弓も扱えない。魔法適性は皆無。彼女の戦闘能力はほぼゼロといって差し支えない。それだというのに、魔物に襲われている小隊を助けるために真っ先に先陣切って飛び出していくわ、ほっとけばいい奴隷商人(と言ったら勇者としての格が下がるだろうか。だが俺はそもそも傭兵であって勇者ではない。リアリストに理想をなすりつけたところで地獄を見るだけの話だ)に喧嘩を売るわ、とにかく余計な面倒を発生させる。盗賊が酔った勢いで「もうこの女置いていこうぜ」と愚痴ったときは流石に冷や汗をかいたが、彼の普段の言動がジョークの塊のようなものだったのであまり大事にはならなかった。
 俺は困り果ててヒロインに「あんまり前線に出ないでくれ」とやんわり頼んでみた。しかしヒロインは少し困ったような顔をして「でも、」と言葉を紡いだ。俺は何度も頼んでみた。しかし彼女は「でも、」と呟いたあとにいろんな言葉を紡ぐ。「小隊の人たち、あのままじゃ死んでいたかもしれないし」「奴隷の子供たちが助かってよかったじゃない?」といった具合に。そうなると俺も何も言えなくなって口をつぐんでしまう。このとき盗賊なら何と言うのだろうか。彼は口が達者だから、ヒロインの暴走を止める良い具合の言葉を知っていたかもしれない。魔法使いなら何と言うのだろうか。彼女はヒロインと仲が良かった。親友の言葉なら素直に聞いてくれたかもしれない。
 ――全て終わった後になって、「小隊の人を救うためであっても、奴隷となった子供たちを解放するためであっても、お前は前に出るべきじゃない。お前は弱い。戦う力がない」と言えば良かったのだ。と気づいたところでもう遅いのだが。
 ヒロインは死んだ。魔王の城で死んだ。俺たちは魔王を追い込んでいた。深手を負った魔王は真の姿――巨大なドラゴンへと姿を変えて俺たちと対峙していた。ヒロインには何もしないでくれといったことを上手いニュアンスで伝えていたはずだ。だが、彼女は見ているだけの自分に嫌気がさしていたらしい。俺たちと魔王の実力は拮抗していた。戦況が不利になったと感じたらしいヒロインは、頬を赤く染めて――まるで酔っ払いが英雄譚を語るかのようにして高らかに叫んだ。
「私だって戦える! 戦えるんだから!」
 そうして、彼女は護身用の剣でドラゴンへと立ち向かった。
 ドラゴンはあっという間に、ヒロインを捕まえてしまった。
 離して、離してよォ! と暴れる彼女を俺も魔法使いも盗賊もぼんやりと眺めることしかできなかった。俺たちは確かに彼女を好いていた。だが、彼女の無謀な振る舞いに辟易していたのも事実だった。ドラゴンが彼女を頭から丸かじりにするのと同時に、俺は、否、俺たちは腹の中に安堵が息づいたのを感じた。
 ああ、もうヒロインを気にしなくていいのだ、と。
 これで思う存分戦うことができるのだ、と。
 ドラゴンに仲間が食われた絶望の中で、俺たちは確かにそのような愉悦を感じていたのだ。

 戦いを終えた俺たちを迎えてくれた王都の人間に、盗賊はありのままを話した。ヒロインは勇猛果敢にドラゴンへと立ち向かい、命を落としてしまった――と。そうして俺と魔法使いにだけ分かるようにして唇を動かした。
 ――まぁでも、魔王を倒せたのはアイツのおかげだよな。
 ――アイツが食われたおかげで、俺たちは魔王を倒すための準備ができたんだから。
 俺も魔法使いも黙って頷いた。魔王がこれ見よがしにヒロインの内臓を咀嚼してくれたおかげで、俺は聖なる剣の封印を解除することができたし、魔法使いも炎の最強魔法をぶちかますことができたし、盗賊も戦いに最適な道具類の準備を終えることができたのは事実だ。そう考えれば、彼女は必要な犠牲だったのかもしれない。
 数日後、ヒロインの葬儀がある。国を挙げての豪華な葬儀だ。俺はその葬儀の最中、勇者という肩書きを持つ人間として、あるまじき感情の残骸を喉の奥で転がしながら形だけの冥福を祈るのだろう。

気の利いたことを書けるとよいのですが何も思いつきません!(頂いたサポートは創作関係のものに活用したいなと思っています)