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【短編小説】三錠【始まりは】

※作中でODを取り扱っています

   三錠

 始まりは些細なことだった、と歪んだ顔の男が言う。ニュースに出てくる当事者ひとたちにはいつだってドラマがある。市販薬のODに手を出した切っ掛けは? そんな直球度ストレートな質問に、彼はとても聞き取れない声で答える。うぉんうぉんうぉん、と低い声がのっぺりと響く。
 テロップが、すぐに飛んでくる。彼が何を喋っているのかを教えてくれる。
「色々とストレスがあって、(奨学金の)返済に余裕がなくなってしまって」
「頭痛が酷くて、(市販薬を)たくさん飲んでしまった」
 まぁ、そんなものだろう。のほほんと過ごす現実に、悪い大人の魔の手なんていくらでも伸びている。彼らはにこやかに、優しそうな顔をして声をかけるのだ。「辛そうだね、よかったらいいものを紹介してあげるよ」なんていって、その辺の百円均一で売っていそうな壺を「ありがたいお告げのツボ」とか言って一万倍の値段で売りつけてくるのだ。それに比べたら市販薬のODなんてまだ親切な方なのかもしれないと思う。
 ……頭が痛い。あたしにも奨学金の返済が迫っている。この薬を三錠飲めばかなり楽になると気づいたのはつい先月のことだった。医者からもらった薬は呆れるほど効果がなくてすぐに捨てたし、食事の改善も試したが効果が出ない。今のところ副作用なんてものは出ていないが、たまに背中が異常に痒いことがある。触れると爪の奔った軌跡に凹凸が生じている。かさぶたになっているのだろう。何かに藻掻いたときの痕は自分の見えないところにあるというのは世の常だ。
 白衣を着た人間がテレビで喋っている。ODがどれだけ危険な行為かを、丁寧に説明している。多分言っても分からないよ。そういう連中って、嘔吐より現実の方がツライって思ってるタイプだし。大抵斜に構えてカウンセリングとか信じないし、自分は正常だって思ってる。
 ばっかみたい。外から見ている連中が満場一致で異常だって言ってるんだ。反対してるのあんただけだよ。自分の異常なんて自覚するのが一番幸せなことなのに。
 あたしはそうだ。薬を飲んでると言っただけで、姉にしこたま怒られたのであたしは異常なのだ。彼女に勧められた病院の医者がヤブで、あたしは結局二千五百円の初診料と共にクソの役にも立たない薬を処方されたってわけ。……まぁ、結果的にどうなろうとあたしにとってはコレが一番楽ってことで。
 でも、なんだか最近気分がいい。
 別の医者に行ってみようかな、なんて気分になる。少し鼻歌を歌いながら、未来に素敵な夢を描いてる。床に落ちてるおにぎりのフィルム。脱ぎっぱなしの下着。しばらく干していない布団、お菓子の包装……。
 全部虹色になって、ふわふわと空に……。

 これが終わったら、彼のところへ行って薬を譲ってもらう必要がある。



 シロクマ文芸部
「始まりは」より

気の利いたことを書けるとよいのですが何も思いつきません!(頂いたサポートは創作関係のものに活用したいなと思っています)