ギター弾きが桜の樹の下で居眠りをしていた。先程まで延々と春の歌の弾き語りをしていた彼だったが、客が足を止めることはなかった。なんだか疲れてしまって、そのまま春の温かな気候に目を閉じ……というわけだ。
　さて、そこに桜の樹が興味を持った。彼はギターを見るのが初めてだったものだから、人間が手を動かすだけであんなきれいな音を出せることも知らなかった。そして、どうして周囲の人達は足を止めないのかと考えて悲しくなった。
　桜が頭を動かすと、花びらがひらひらと落ちる。そのうちの何枚かがギターの弦に触れて、音を出した。桜の樹は味をしめて、花びらを落とした。
　人が集まる。桜は嬉しくなった。ギター弾きが起きたら喜んでくれるだろう……と思った矢先、青年は飛び起きた。周りの人がこちらを覗き込んている理由をギターではなく、体調不良なのではと心配しているからと勘違いしたらしい彼は、顔を真赤にして謝罪を投げながらギターを片付けてしまった。

　毎週ショートショートnote
　お題「春ギター」
　文字数410字