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ローマの休日 【モノクロ名作映画について】

映画は好きだがほとんど白黒映画を観たことがない。今まで何度か見たのだけど、余計なことを考えてしまうのだ。例えば、白か黒の濃淡しかない画面を見て
「ほんとは何色着てたんだろう〜?」
とか思ってしまって。没入できない。

大学に入ると、選択科目に映画関連の授業があり、わたしは迷わずそれをとった。講師の先生は脚本家だった。その先生が
「今日は『市民ケーン』を観ます」と言った。


ちなみにその数年前に「小市民ケーン」というテレビドラマがあった。内容は全くの別物でタイトルだけはこの名作のパクリだということをその時知ったのだった。


「この『市民ケーン』は現代の撮影技術に大きな影響を与えており、ほとんどはこの映画が元と言っても過言ではない」
と、この作品がいかに革新的だったかということを先生は語った。映画好きなわたしは、それを聞いてとてもワクワクした。映画愛の強さだけは自信があった。

しかしだ。
当時私は新聞奨学生というやつをやりながらの学生生活で、朝2時台からの朝刊配達+夕刊配達業務に加えて学業を両立する(両立できてなかった)日々を送っていた。とにかく眠気と戦うことが常、メインはどっち?な本末転倒状態。
学校帰りの電車も座れなければもれなく立ち寝、手から携帯が滑り落ちて目が覚める。また今思えば本当に危険なのだが、自転車に乗りながら居眠りまでするというスーパァクレイジー。

それゆえ。
暗くされた教場で流れるモノクロ映画は、やばいの一言だった。
「市民ケーン」上映開始とともにわたしは、まるで麻酔でも撃たれたかのように即入眠、意識が戻った時には「ROSEBUD」が焼かれるシーン(最後も最後)だった。始まって気づいたら終わってた。

なんたる!
大学2年生だったわたしは、自分の映画愛がここまで地に落ちてしまったことを恥じた。そして眠気というやつを呪った。睡眠時間を仕事に捧げるのは仕方がないが、当時大学生活で一番楽しみにしていた映画の講義まで犠牲にしてしまうとは!

「ROSE BUD」が焼かれる意味ありげなラストシーンにハテナしかない。当然だ、見てないんだから。実際これは映画的にもネタバレネタ扱いの重要事項らしいが、こちとらほんまもんの謎になってしまっていて

「え、『ROSE BUD』っていう服屋が原宿にあるよね?」

ねぼけたあたしには、そんな市民…というより庶民な感想だけが浮かび。

映画が終わると先生は
「どうだったかね」
みたいな感じで学生達に問うてきたが、みんな正直どうでもよかったと思ってる者が大多数だったと思う。
わたしは、この授業に限っては熱心な生徒だったため、神妙な顔つきでそこに座っていた。しかし内心「感想を名指しで聞かれたら困る」が本音だった。

それ以来だ。なんかモノクロい映画を見ると辛いのだ。ツタヤの名作コーナーに「戦艦ポチョムキン」が並べられていて
「『名作』と言われれば見るべきだろうか?」
と何度か手を伸ばすのだが、苦手意識が先に立つ。結局ケーン以降一度も白黒映画に手を出すことはなく、現在まで至った。

これも素晴らしいらしいですね


ところで。白黒映画に苦手意識のあるわたしが急に「ローマの休日」なんぞを見ようと思ったのは、“作品イメージがカラーで表示されていたため”という、恐ろしいほど短絡的な理由からだった。

外身がカラーだからといって中身がカラーなわけがない。


しかしそんな苦手意識、途中から吹っ飛んでしまうことになる。やっぱり、オードリーヘプバーンがかわいい!まずはそこ。
モノクロを忘れるほど可愛い!
キュートが溢れ出とる!
そしてストーリーもキュートが爆発!

実は「ローマの休日」を観て一週間は経っているが、画面に色がついていたと記憶が捏造されるほど素敵だったのだ。モノクロだから色がない=つまらない、というのは間違いなのだと気がついた。多分、イメージで観れるのね、人って。実際色が見えてはないんだけど、脳内で補完して観てる、というかね。

「(女王としての)責任を感じているから戻ったのです。なければ戻って来ませんでした」

うろ覚えですが、このセリフ良かったね。
外を見てきて内側が広がる。わたしも今回白黒映画を久しぶりに見て、キャパが広がった気がします。
「市民ケーン」、もう一回トライしてみようかな。

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