阪神ファンのヤジは本の読み方に応用できる
今年もこのときがやってきた。日本シリーズだ。
ジャイアンツをこよなく愛するぼくにとっては、オリックス対阪神はとんでもなく惹かれない戦いである。
でも、毎年なんだかんだいち野球ファンとして日本シリーズはみている。
なんといっても今年は何十年ぶりかに優勝した阪神が登場する。さぞかし阪神ファンも息巻いていることだろう。
阪神戦の醍醐味といえば、あの応援だ。歓声ともいう。もっというとヤジという。そうヤジだ。
東京ドームに巨人の応援にいったときに、阪神ファンのヤジに圧倒されたのを覚えている。レフトスタンドから響いてくる「どこ投げとんじゃ!」という罵声。しびれる。興奮する。まったく下品とは思わない。
たまに狂ったような人もいるが、きっと野球を愛しすぎて脳内がグルグルしてしまい、自分を見失ったんだろうなと思っている。はげしめの恋と同じだ。否定はしない。ばくはそういったファンのヤジも暴言もプロ野球の魅力だと思っている。
そしてふと思った。
この阪神のヤジは読書にも応用が利くのではないだろうか。いったいどこから読書がでてきたのかはほっとく。突然おりてきた。
いっけん何も関係しなさそうみえるが、この本にどんなヤジが飛んできそうか読むことで、もっと深いところまで内容を理解できるのではないだろうか。
安達裕哉氏が書いた「頭のいい人が話す前に考えていること」という本で考えてみる。この本は行きつけのTSUTAYAで毎回ビジネス書ランキングでトップを獲っている人気本だ。
さっそくこの本に飛んできそうなヤジを考えてみる。
たしかに、いったい誰がこの本を書いているんだろう?
どれどれ、裕哉(アダチユウヤ)大学院卒業後、コンサル会社に入社。品質管理やら人事やらコンサルやらで活躍して独立。自身のコンサル会社を立ち上げる。のちに立ち上げたブログが大ヒット。
なるほど、なんとなくすごい人というのはわかった。説得力はありそうだ。
次のヤジが飛んでくる。
まったくその通りだ。頭が良かろうと悪かろうと最後に生きていてよかった、と思えればそれでいいではないか。
真っ向からこの本を批判するようなヤジ。ぼくもこのヤジには加勢する。頭の悪い自分を肯定するためでもあるが、いっていることは間違っていない。
さて、この本はどう答える?
あとがきにこう書かれている。
ことばにならない。全身にいなづまが走った。
頭は良くなるということは、決して収入がよくなることでも、社会的に評価されることでも、人より優位に立つことでもない。
ただただ人を大切にするために頭をよくする必要がある。といわれた気がする。
よくよく読み返してみれば、この本は相手を大切にするためのコミュニケーションの極意が書かれている。
もはや、ずさんなヤジもゲリラ豪雨のあとのしずけさだ。関西のおっちゃんも黙ってビールを飲むしかない。
このように、本にヤジを飛ばすことで本の細部まで読むようになる。そしたら新しい発見もあれば、本質にたどり着くことも。もしかしたら、本には書かれていない新しい発見が見つかるかもしれない。
ヤジを黙らせる特大のホームラン。そんな衝撃をもとめて本を読むのはどうだろうか。
さて、とても惹かれないオリックス対阪神の戦いに、ヤジを飛ばすとしよう。以上。終わり。
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