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「読書」を好きになってもらえる本を目指す――児童書の出版社だから作れる「文芸」とは


小説にはいろんなジャンルがあります。
文芸、ライト文芸、ライトノベル、ほかにもいろいろ……。

それらに明確な基準はありません。刊行されているレーベルや表紙の雰囲気など、いろんな要素でなんとなく判断されることも多いですが、その中でも「文芸」はとても広いジャンルだなあと思います。
純文学のような深いテーマ性を持っている一方で、エンターテインメント性もある。

それが「文芸」
……ではないか、と思っていますが、本当にそうなのかは分かりません。

たぶん個々人の解釈やイメージによっても少し異なると思いますので、なんとなくのイメージで受け取っていただければ幸いです。

文芸は単行本で出されることが多く、シリーズ化されることはあまりない印象です。
一冊完結で刊行されることが主なので、出版社のカラーというものを気にされることは少ないのではないかと思います。

しかし、ポプラ社が刊行する文芸は「ポプラ社らしいね」と言っていただくことがよくあります。

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(ポプラ社文芸の一例)


ポプラ社らしい文芸=あたたかい、ほっこり、やさしい……
そんなコメントを読書カードでいただくことが多いですが、出版社イメージのつきにくい「文芸」ジャンルで、ポプラ社の文芸とはどのように生まれているのでしょう。
というか、本当にそんなカラーはあるのでしょうか?

折しも、とても「ポプラ社らしい」文芸である『お探し物は図書室まで』(青山美智子さん)という本が刊行されました。

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<内容紹介>
お探し物は、本ですか? 仕事ですか? 人生ですか?
人生に悩む人々が、ふとしたきっかけで訪れた小さな図書室。
彼らの背中を、不愛想だけど聞き上手な司書さんが、思いもよらない本のセレクトと可愛い付録で、後押しします。

この本の担当編集である三枝さんは、昨年ポプラ社に転職してきたばかり。
それぞれ得意ジャンルがある編集部の中でも、特に「文芸」ジャンルを中心に手掛けています。
三枝さんなら、外から見たポプラ社文芸と、中から見たポプラ社文芸のどちらの視点もお持ちだし、漠然と存在するポプラ社文芸のカラーについて答えを出してくれるかも?

ちょうどよい機会と思い、ポプラ社の文芸のカラーとは、そして文芸というジャンルの本作りの難しさについて、たっぷり伺ってみることにいたしました。
(聞き手:文芸編集部 森潤也)

「本」を作るのが好きなんだなと感じた

 三枝さんは何社か転職されていると伺いましたが、新卒入社時から文芸編集をされてたんですか?

三枝 実は文芸編集をやりはじめたのは前職からなんです。それまでは別の出版社でスポーツノンフィクションや女性実用書、図鑑の翻訳版などを作っていました。

 へー! それは知りませんでした。もともと文芸編集がしたくて出版社に入られたんですか?

三枝 それが…最初は雑誌をやりたかったんです(笑)。だから就活時は雑誌のある大手出版社しか受けていなかったんですが、どこにも受からず。別業種の会社に内定をもらっていたのでそこに行くつもりだったんですが、大学4年生の10月ごろに「やっぱり出版にいきたい!」と急に思い立ってしまったんですよ。調べてみたらまだ募集していた出版社があり、そこに応募してご縁を貰いました。だからもともと文芸をやりたいという想いはなかったですね。

 そこからなぜ、文芸編集の道に進まれたんですか?

三枝 新卒で入った会社では、ムックなど雑誌形式の編集もやらせてもらったんですが、その時に「私は雑誌を作りたいのではなくて、雑誌を読みたかったんだ」と気がつきました(笑)。でも、仕事として、「本」を作ることは好きだなと感じていて、その後、翻訳書なども編集しましたが、翻訳書はすでに中身が完成されているんですよね。帯やカバー作りにおいては編集者が関われますが、内容を詰める部分に関わることは難しい。それは自分のやりたいことではないなあと悩んでいたときに小説の編集者募集の案内を見つけて、作家さんと一から本づくりができる編集者になりたいと思って応募しました。

児童書がいい意味で屋台骨を支えている

 そこからご縁あってポプラ社に来てくださったわけですが、「ポプラ社が出す文芸書」って、以前から何かイメージはお持ちでしたか?

三枝 「ポプラ社の文芸」に特別なイメージは持っていなかったんですが、転職の際に調べたら、刊行している小説の雰囲気がどれもまとまっていて驚きました。小川糸さんや寺地はるなさん、伊吹有喜さんなど、私の好きな作家さんの本ばっかりで嬉しくなりましたね。
森見登美彦さんの『恋文の技術』もポプラ社だと気づいた時にはテンションが上がりました。

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 文庫レーベルなどは別として、単行本の文芸書で出版社ごとのカラーって見えにくいところがありますけど、ポプラ社の文芸はカラーがある方なのかなという気がします。作っているからそう感じるだけかもしれないですけど。

三枝 わたしも入ってから感じましたが、ポプラ社の文芸はカラーがはっきりしていると思います。売れる作品が第一優先というよりも、会社の方向性に合っているかが重要視されている。それは児童書がいい意味で屋台骨を支えている会社だということが大きく関係している気がしますね。ポプラ社の棚に来てくださる人の顔が、ある程度想像できることも強みだと思いました。

 ポプラ社文芸編集部の中に入ってみて、ポプラ社独自だなあと感じた部分はありますか?

三枝 そうですね……編集部の人数が少ないので(5人で単行本・文庫・雑誌・新人賞を担当しています)、一人一人が請け負っているジャンルがはっきりしていていいなと思います。
また、定期的に色んな出版社の新刊の装丁や帯コピーを研究する「装丁勉強会」をしていますけど、これまで肌感覚で感じていたことを、実際に数字を出して分析しながら考えることができて、すごく刺激的で勉強になっています。

 作家さんへのご依頼の仕方など、なにか変わった部分はありますか?

三枝 作家さんにお会いしたら、まずポプラ社のカラーを話すようになりました。大人向けの小説だけど、高校生以上が読んでも楽しめるものを書いてもらいたい……などの想いを外枠として伝えています。作家さんにとって、「ポプラ社だったら、こういう作品はどうかな」と考えて頂けるきっかけになればと思っています。
また、ポプラ社独自の施策についてもご説明しています。前職は一般文芸しか刊行していなかったので気がつかなかったのですが、若い世代にも一般文芸を手にとってもらいたいと作り手が思っていても、そもそも売り場が違うんですよね。ポプラ社は、読物全体で考えると、YAもあるし、ピュアフル文庫という若い層にも届けられるラインもあるし、図書館版というものもあって、同じ内容の本でも、読者の年齢層に見合った様々な形態で刊行できるところが魅力だと思います。そして、それぞれの編集部の距離が近いので連携がしやすいという話をするととても驚かれますね。

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(図書館版や児童文庫など、いろんな本の届け方がある)

可能性を見出して輝かせつつ、読者が求めているものであるのか

 文芸の編集をされていて、いちばん楽しいのはどこですか?

三枝 やっぱり作家さんに初めて会うときですね。本を読んでこの人に当たろう!と思ったときが一番楽しいです。緊張しますけど。
自分の心が反応して、知らなかった感情が沸き出てくる感じがすごく好きで、そういうものを捜すために、編集者として本を読んでいる気がします。

 文芸って、作家さんの持つ哲学やテーマ性が世の中にピタッとはまる「タイミング」もありますよね。

三枝 それはありますね! 時代と共に求められるテーマは変わっていますし。そう意味で世の中が求めるものに向き合いたいです。なので、小説以外にも、よく売れている実用書など意識的に読むようにしています。

森 文芸の難しいのは、作家さんの可能性を見出してより輝かせつつ、読み手である読者が求めているものであるのか、というところをちゃんとマッチングさせなければいけないところですよね。作家さんだけを見てはいけないし、かといって読者だけ見るのも文芸においては少し違う気もします。そのバランスのとり方が他のジャンルと比べて非常に難しいのかもしれないですね。

三枝 作家さんは心の奥深くに降りていって、そこで見つけたものから創作が生まれるように感じています。私がやるべきことは、それを世界に結び付けて広げることなのかなと思っています。作家さんが伝えたいことは変わらなくていいですが、それの提示の仕方は読者の求める形、読者が手に取りやすい形にするために、できる限りのことを考えて、作家さんとやり取りをしていきたいと思います。
本の構成もその一つかもしれません。最近は連作短編を作ることが多いんですけど、自分自身、長編を一気読みできる時間と余裕がないからなんだと思います…。

 すごくわかります。僕も連作短編を担当することが多いんですが、文芸の潮流だけじゃなくて自分自身の読書もそうなんですよね。長編は心を整えて読書に臨まないといけないけれど、社会が苦しい中でなかなか心が整わなくて……。

三枝 もちろん長編は長編にしか作れない面白さがあるので、悩ましいですけどね。
でもポプラ社の本で連作短編が多いのは、児童書の出版社という背景もあると思います。子供が本を読むときに、長編で挫折するのは本を嫌いになる一要因だと思うんです。逆に「読み切った」という満足感は次の読書に続く気がして、連作短編はそのハードルを下げられる気がしています。
また、面白かった本を人に薦める時に、「これ読んで」と長編小説を渡すのは気が引けますが、「この短編ちょっと読んでみて。15分で読めるから」と話して渡すと、読んでもらえることがあります。

 ポプラ社の文芸って、ハードな本好き読者だけでなく、普段そこまで本を読まない人や、ちょっと背伸びした子供達にも読んでもらうことを想定していて、そういう人たちに「読書」を好きになってもらえる本をみんなで目指してるのかなと思います。

三枝 入り口みたいな感じですよね。そこから本にハマって、次は長編に挑戦してくれればいいと思うし、読書としての最初の一冊、という入門編みたいなところがこの会社の立ち位置にもあっているし、そういう本を自分も作りたいなとしみじみ思います。

 今回三枝さんが担当された『お探し物は図書室まで』などはまさにそんな一冊だなと思いますので、たくさんの人の読書の入り口になって欲しいですね。
今日はありがとうございました!


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青山美智子『お探し物は図書室まで

<あらすじ>
お探し物は、本ですか? 仕事ですか? 人生ですか?
人生に悩む人々が、ふとしたきっかけで訪れた小さな図書室。
彼らの背中を、不愛想だけど聞き上手な司書さんが、思いもよらない本のセレクトと可愛い付録で、後押しします。
仕事や人生に行き詰まりを感じている5人が訪れた、町の小さな図書室。「本を探している」と申し出ると「レファレンスは司書さんにどうぞ」と案内してくれます。
狭いレファレンスカウンターの中に体を埋めこみ、ちまちまと毛糸に針を刺して何かを作っている司書さん。本の相談をすると司書さんはレファレンスを始めます。不愛想なのにどうしてだか聞き上手で、相談者は誰にも言えなかった本音や願望を司書さんに話してしまいます。
話を聞いた司書さんは、一風変わった選書をしてくれます。図鑑、絵本、詩集......。
そして選書が終わると、カウンターの下にたくさんある引き出しの中から、小さな毛糸玉のようなものをひとつだけ取り出します。本のリストを印刷した紙と一緒に渡されたのは、羊毛フェルト。「これはなんですか」と相談者が訊ねると、司書さんはぶっきらぼうに答えます。 「本の付録」と――。
自分が本当に「探している物」に気がつき、明日への活力が満ちていくハートウォーミング小説。

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