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「あいまい」を楽しむ

教師が授業をすると、その1時間の中で
「答え」なり「まとめ」なりを出します。

私も、授業後に子どもたちがスッキリした顔で、
「今日はこれがわかった!」「できた!」と
満足してもらえるとうれしいです。
教師としての自信にもなります。

そんなわかりやすい授業、よくわかる授業が
ずっと「良い授業」
とされてきました。
そりゃそうでしょう。

・・・。

本当にそれは「良い授業」なのか?

最近、少し考えるようになってきました。

「わかったこと」「できたこと」がはっきりする授業は
教師も子どももスッキリするでしょう。
学力も身につくでしょう。

小学校の授業の中では「めあて」と「まとめ」が大事にされます。
指導案の中にも、「本時の目標」をしっかりと設定します。
設定した目標に達しない授業は失敗扱いです。

私は思います。「答えや成果がでない学びはダメなのか?」

子どもたちが大人になって
社会の中で生きていく中で
一生懸命がんばっても
答えが見つからなかったり
成果がでなかったりすることも多々あります。

これからはVUCA(先行きが不透明で将来の予測が困難な状態)の時代とも言われていますよね。

そんな時代で、「答えや成果がでないと全て失敗」という考えは
正しいのでしょうか?

答えや成果が出なくでもその過程や他の面に価値を見つける。

成果があいまいでもその場・その時を楽しんで
自分とってプラスになることを見つける。

授業がまとまらなくても、グダグダでも、
その過程でたくさんの学びはあるはずです。

私は今、1日のうち1時間程度、
「子どもが進める授業」を実践しています。

子どもが教師役になり、学習を進めています。
見ていると、ぐだぐだで、遠回りばかりです。
1時間では、皆の考えがまとまらないことの方が多いです。
大人から見ると本当にあいまいです。

大人の私は若干の軌道修正や問い返しをして口をはさむものの、
大部分は子どもにまかせています。
「答えや成果」は出なくてもいいと思っています。

子ども主体の学習になればなるほど、
この「あいまいさ」は増えるでしょう。
子どもたちは、自分たちなりに「答えや成果」を出そうと
思考錯誤しています。
その姿がなによりの学びだと感じます。
子どもは「あいまい」を楽しんでいます。

「あいまい」を許せないのは大人の方でしょう。
答えの出ない時は私もむず痒く感じます。

しかし、そんな「あいまい」な状況を楽しめる人間は
これからどんな時代になっても楽しく生きていけるでしょう。

今思っているのはそんな感じです。









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