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短編小説:花が好きな君とそうでもない僕〜YOU&MEより〜

花屋に勤める君が、すごい花束を抱えて僕のところに来た日を今でも鮮明に覚えてる。
なんなら、花束の花の色までしっかり覚えてる。

それくらいの出会いだった。

部屋の扉を開けると、視界いっぱいに広がる花束が僕を出迎えていた。

「おめでとうございまーす!」

え?
おめでとうございます? 
なにか祝われるような事があったかな?
僕は眠い目を擦りながら、それでもと朧気な記憶を掘り起こすが、そんな出来事はひとつも思い出せなかった。

「あ、えーと」

「すごいですねー!こんな大きな花束。なんのお祝いなのかな?あはは、どうでもいいですね。あ、ごめんなさい。あまりに素敵なプレゼントなんで、お届けする私がワクワクしちゃって花束に気持ちが乗っちゃいました。はい、おめでとうございます」

花束越しに声だけ確認できる女性が、一方的に僕に話しかけ、花束を、ずい、と僕に差し出した。

「あ、あの……ほんと申し訳ないんですけど、配達先、間違えてないです?僕、花束貰うような生活してないんで…」

僕は花束を受け取ってはならぬと、一歩下がった。というか、声の主の女性の勢いにちょっと引いていた。

「え?」

花束の向こうの女性は、そう驚いて数歩下がって手元の紙と、僕の部屋の番号を交互に見た。

「嘘でしょ…」

さっきまで僕の目の前にあった花束は、いつのまにか遠ざかり、代わりに花束を持った女性が、ごめんなさい、とペコペコ頭を下げていた。
言ってみたら、花束よりも小さく見える女性がペコペコと頭を下げていたので、僕はおかしくなってしまい、吹き出してしまった。

「気にしないでください。ちょうど起きて作業始めなきゃだったんでちょうど良かったです。目覚ましになりました」

そう言って僕は部屋の扉を丁寧に閉めた。
花の香りがふわっと家の中に入っていた。

その日の夕方、部屋のチャイムがまた鳴った。
今日はよくお客さんが来る日だなと思って扉を開けると、午前中に花束を抱えていた女性が、また我が家の前に立っていた。

「まさかまた家、間違えたんですか?」

花束なんか届くはずもないので、僕は扉を開けてそう言って女性を出迎えた。

「今日のお詫びです」

そう言って女性は僕の目の前に小さな箱を差し出してきた。

「え?なにこれ」

「お花です。今日のお詫びに…お花を貰うような生活をしていないとおっしゃっていたので、悩んだんですが、私にはこれ位しかできないので」

「そんな気を使わなくてもよかったのに」

「いや、あの、盛大に間違えて私のテンションもおかしかったし、ものすごく怖かったろうなと思って」

「あはは、確かに。ちょっと勢いに押されたかな」

「やっぱり…ごめんなさい」

そういって女性は再びぺこぺこと頭を下げていた。
そんなに謝る彼女に申し訳なくなって、僕は大丈夫ですから、そう言ってありがたくその箱を頂いて丁寧に扉を閉めた。

家の中に戻り、箱を開けると、箱の中には色とりどりの花が入っていた。
昼間大きな花束の香りがふわりと一瞬だけした室内が、再び花の匂いに包まれていた。

僕は花に囲まれる生活なんて生まれてから一度もした事が無くて、この花の香りがとても特別なような気がして、少しテンションが上がるのが分かった。
箱の中を見ると、お花屋さんの名前と住所が記されていた。

お花屋さんは僕の家の近所にあって、でも僕はちっともその存在に気づいていなかった。それだけ興味が無かったのだろう。
次の日、お花屋さんの前を通ってみると、ちょうど昨日の女性が店先に出てきていた。

「あ、昨日はどうもごちそうさまでした」

目が合ってしまった僕は、どうしてよいか分からずそんな言葉を発していた。

「ごちそうさま??」

そういって女性は笑った。その笑顔がとてもかわいらしかった。

それが僕と、彼女の出会いだった。
ドラマのような、嘘のような出会い。
そこからほどなく付き合う事になった僕らは、いつも笑顔だった。
花屋に勤める彼女は、僕の部屋に来る時はいつも花を持参してくれた。
僕の部屋は殺風景だからお花があった方が良いよ、という彼女の思いだった。
彼女が持ち込む花の色の数だけ僕らは幸せがあった。
彼女が花を部屋に飾ると、その場所が特別なものになり、僕はその花のお世話をするようになった。
花に興味のない僕にしては大進歩だった。

「本当はお花とか、興味ないでしょ?」

「そんなことないよ」

「そんなことあるでしょ。じゃあ、このお花、なんて名前?」

そう意地悪をする彼女も可愛くて愛おしくて、僕はその笑顔を閉じ込めておきたかった。

だって、彼女がいれば幸せだったから。
意地悪を言う彼女のイタズラな目も、僕を愛おしそうに見る唇も、全部、全部好きだった。

「そのうち、お花の名前、100個、覚えられると良いね」

彼女はそう夢を語った。
僕は「そうだね」と相槌を打った。

だけど、いつからか僕のそういった相槌に彼女の顔が曇るようになっていった。

ある日、お揃いのペアグラスを彼女が割ってしまった。

「やだ……どうしよう、ごめんなさい」

「怪我ない?大丈夫?」

「うん、大丈夫。でもグラス…気に入ってたのに…」

「しょうがないよ。形あるものは、いつか壊れる」

見ると、彼女はその場で大粒の涙を流していた。
僕はなんで泣いているのか分からず慌てた。

「そうだ。新しいグラス買お?今から買いに行く?」

僕のその言葉を聞いて、彼女はキッと僕を睨みつけた。

「もうダメだよ」

「え?だめ?」

「うんダメ。私たちダメだよ、終わりにしたい」

突然の彼女の宣言に、僕は呆然とするしかなかった。

え?何がいけないの?今の何がいけなかったの?

僕はパニック寸前で、ただオロオロしていた。

「私、帰る」

彼女はそう短く言葉を部屋に残して、バタンとドアを閉めた。

初めての大きな喧嘩だった。
その後は、ぼくが謝り倒すことでことなきを得たけど、そこから何かが崩れるように、2人のバランスは悪くなっていく一方だった。

「もう別れたい」
「嫌だ」
「じゃあどうするの?」
「………」
「それじゃダメじゃん」

お決まりの決まり文句で彼女が出ていく。
もう何回繰り返したろう。

でも僕は、彼女が僕に悪態をつく、その瞳の奥に、出会った頃の彼女を見てしまっているから、別れると言えなかった。
だって愛しているから。僕が愛しているのに、なんで別れると言えるのか。

平行線のまま、日々は過ぎた。

割れたグラスは新しく買い直すこともなく、カウンターに置き去りになっていた。

「まるで僕らのようだ」

1人そう呟くと、窓の外で雀が2羽、仲良く戯れていた。
僕が思わず近づくと、雀は1羽ずつ別方向に飛び立ってしまった。

僕たちはもう、別方向に飛び立つしか無いんだろうか。

そう思ったら、彼女が後ろに立っていた。

「雀、飛んでっちゃったね」

「うん。僕らみたいだなって思った」

僕のその言葉を受けて、彼女は静かにソファに座って、僕とは違う方向を見た。

何を見ているんだろう。
そう思って目線を追うと、枯れた花があった。
いつ枯れたかも、いつからそこにあったかも、僕は覚えていなかった。

「…この花の名前、知ってる?」

彼女が絞り出すように、そう聞いてきた。

「…………ごめん、分からない」

答えられるはずもない。花の原型も留めてないくらい枯れ果てていたし、僕はそこに花が生けてあったことさえ、気づかずにいたのだから。

「いつか、100個花の名前、覚えられると良いね。って言ったけど、ついに1つも覚えてくれなかったね。お花のお世話もそう。最初だけだったね、お花の水、入れ替えてくれたのは。そう言うとこ、そう言う小さな事が積み重なったの。グラス割った時も、2人で大切に選んだのに、あなたは全然気にしてなかった。すごくショックだった。そう言う人なんだなって思った。そう思ったらもう、価値観合わないじゃない?もう、無理だよ」

捲し立てるように話す彼女の言葉を、僕はただ、受け止めていた。

「なんか言ったら?言うことあるでしょ?」

僕は静かにデスクに行って、スケッチブックを出し、彼女に渡した。

彼女がページを捲ると、驚いた顔をした。

「僕、正直、花、そんなに好きじゃないんだよね。でもさ、君がここに花を飾ってくれるのは、好きだった」

僕は、花の絵をスケッチしていた。
花の名前は覚えられないし、覚える気もないけど、花を飾る彼女はそこに残しておきたくて、描き始めたのだ。

「でも、ダメだね。ここにある枯れた花は描くことも忘れていたみたい」

僕は彼女を見る。
大きな瞳から、涙がポロポロ溢れていた。
最近の涙は、稲妻のような涙だったが、今日の涙は、溜まったら温泉になるんじゃないかと思うくらい温かな、涙だった。

彼女は静かに枯れた花を捨てて、新しい黄色い花を一輪、飾った。

「これ、廃棄のお花で、多分明日には枯れちゃう。飾っておくね」

「うん」

「最後だから、教えるね。あのお花。スイセンって言うの」

「スイセン……覚えた」

「嘘つき」

そう言って彼女は笑顔でバイバイと部屋を出ていった。

彼女が残していった黄色い花が、シンとした部屋の中で踊るように咲いていた。
ふと見ると、さっきと同じ雀なのか、また2羽雀が、窓の外で戯れていた。

僕は、スマホを手にしてこの黄色いスイセンの花言葉を調べた。

次の瞬間、僕は駆け出していた。

間に合え、間に合ってほしい。
僕はまだキチンと、彼女に何も伝えられていない。
またすぐに別れ話になるかもしれない。

でも、今は、今だけは彼女の思いに応えたい。

駆け出した僕の頭上を雀が2羽同じ方向に飛び立っていた。

あとがき
これは、松下洸平さんのアルバム『R&MEに収録されている『YOU&ME』と一曲から妄想したお話です。
別れが近い2人のどうしようもない、愛と別れを行ったり来たりする歌で、そのどうしようもなさがなんとも切なく素敵な曲です。
このお話でも、どうしようもない2人が行ったり来たりします。この後もどうなったのか…を想像していただければうれしいです。
ちなみに、黄色いスイセンの花言葉は「もう一度愛してほしい」です。
所々、今ハマっているすき花のエピが挟まってますが、すみません。
なお、このお話はYOU&MEから着想した自分勝手な妄想なので、悪しからずです。

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