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弱くて強く、愚かで賢く、残酷で優しい私たち

物事には必ず
コインの表と裏のように
相反するものが背中合わせになっている、
という考え方が好きだ。

特に人の「心」を捉えようとする時、
この見方は希望を感じやすいのではないだろうか。

たとえば、
森田療法では
神経症になる人は
生きる力が強いと考える。

生きようとする生への欲求が強いからこそ、
不安や葛藤もまた大きくなるのだと。

美なるものと醜なるもの、
真なるものと偽りなるもの、
相反する二面性があるのが人間と捉える
森田療法では、

人は自分らしさを発揮したいと想う時
同時に逃げ出しくなる怖さも感じる、
と捉える。

たとえば人前で喋るのが怖い時、
うまくやりたいという理想があるからこそ
その場から逃れたい逃避願望も生じるのだと。

アドラーは、
「人は理想があるから劣等感を持つ」
と考えたが、森田氏は
「自己実現欲求があるから逃避欲求もある」
と考えた。

進むかやめるかは本人の選択次第だけど
「やりたいなら逃げるな」
の言葉が響く時もあれば
「逃げたくなるほど
あなたにとって重要なことなんだね」
の言葉の方が響く時もあるだろう。

 
これに限らず、
ネガティブな感情や行動の裏には
ポジティブな願いが必ず存在する。

不安や心配になるのは、
期待があるから。

腹が立つのは、
自分の思いをわかってほしいから。

羨んだり嫉妬したりするのは、
自分にもできると思っているから。

批判するのは、
自分の価値を感じたいから。

誰かをわざと傷つけるのは、
自分に気づいてほしいから。

良い人も悪い人もいなくて、
大切なものを守るためなら
良くも悪くもなれるのが
人間だと私は思う。

真っ白な人はいないし、
真っ黒な人もいない。

もしも黒い方に傾いてしまったなら、
それはその人をそうさせるような環境が、
そうせざるを得ないような
社会との立ち位置や
周りの人との関係性があったからだ。

だけど
その立ち位置や関係性を作ったのも
他ならぬ自分だから、
自分をどう表現するかで
変えることはできる。

不安や心配をなくそうとするより
期待や希望の方に目を向けること、
怒るよりも相手に伝わるように伝えること、
羨むことに自分も挑戦すること、
批判するより自分にできることをすること、
誰かを傷つけるより自分を癒すこと。

ネガティブとポジティブなものが
常に表裏一体であるならば、
なくすことのできない不安や恐怖を
なくそうとするより
その裏にある本来の願いに目を向けた方が
きっと希望が見出しやすい。

ネガティブなものはあって当然と捉え、
希望や可能性に気づいた方が
きっと未来は描きやすい。

人は、
弱くて強い。
愚かで賢く、
残酷で優しい。

あなたも、私も。

どちらにも傾いてしまうし、
どちらにも舵を切れるのが
人間の最大の魅力なのかもしれない。

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