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2020年映画『サイレント・トーキョー』感想。

2020年映画『サイレント・トーキョー』(監督/波多野貴文)鑑賞。

ストーリー

クリスマスイブ。一年に一度、世界中の誰もが幸せな気分に包まれる聖なる日。恵比寿に爆弾を仕掛けたという電話がテレビ局にかかって来た。半信半疑で中継に向かったテレビ局契約社員と買い物に来ていた主婦は、騒ぎのさなか爆破事件の犯人に仕立て上げられてしまう。その様子を謎の男が静かに見つめていた―――

そして、新たに犯行予告が動画サイトにアップされる。次なる標的は渋谷・ハチ公前付近。要求は「テレビ生放送での首相との対談」。
それが受け入れられない場合、18時に爆弾が爆発する。事件を追う刑事たち、不可解な行動を取る若きIT起業家、その彼に興味を抱くふたりの女性、そして爆弾騒ぎに群がる野次馬……。どこかで見ている犯人と、犯行を止めようと奔走する者、我関せずとお祭り気分な人たち。 それぞれの想いが、スクランブル交差点に煌めくイルミネーションの下で交錯する。

タイムリミットまであとわずか。犯人はいったい? その目的は?
そして街に閃光が走る。そのとき人々が見るものは……。運命のクリスマスがやってくる―――

『サイレント・トーキョー』公式サイトより抜粋。

何とか爆発を止めようと奔走する刑事、世田(西島秀俊さん)は首筋に過去の事件で受けた大きな傷が残っているがそれについての説明は、ほぼない。この物語の登場人物のほとんどの関係は伏線として散りばめられるだけで詳細は描かれない。しかし後半ものすごいスピードで点と点が繋がる。

作中、言葉としても出て来るが、まさに戦争だと思った。
私個人は学校で習ったり、本やテレビでの情報でしか戦争を知らない。ただこの作品を観た日付が8月6日だったせいか、無意識に渋谷の爆発シーンを見て戦争をそう思った。最初は、爆破予告が出ていると言うのに無防備で、逃げようともしない街の連中を腹立たしく思ったが、誰も選別することなく、想像以上に物も肉体も、言葉もなくすべてを破壊する脅威に、そんな腹立たしさは一瞬で吹き飛び、恐怖で頭がいっぱいになった。

爆発物で無差別テロを謀った犯人(この段階では明かされない)も、爆弾を仕掛けるよう巻き込まれたアイコ(石田ゆり子さん)も容疑者、朝比奈(佐藤浩市さん)も、基樹(中村倫也さん)も、皆、戦争や無差別から受けてしまった傷を間接的に負っている。劇中、世田の台詞がその無残さを語っている。

体は治っても、心の傷はそうはいかない。
数日もすれば恐怖が襲って来る。
徐々に蝕まれて、
心のバランスが崩れて行く。

この物語の総理大臣(鶴見慎吾さん)は「日本を戦争のできる国にする」と豪語する。その発言が、静かに生きようとしていた爆弾犯の心に火をつけてしまった。世田の言う "徐々に蝕まれ" "心のバランスが崩れて" しまった状態だろう。
更に、この爆破が戦争さながらの様相になる前、渋谷にいた真奈美(広瀬アリスさん)は逃げると言う選択もせず甘い考えだったことは事実だが罪なき犠牲者だ。あんなに大勢の民衆がいて警察官がたくさん配備されている中、ひとりだけ不安を感じて逃げると言う心理にはならないはずだ。
しかしそのせいで、血と苦悶の呻き声の中、何とか救助された真奈美だが、自分が浅はかな考えで強引に連れ出してしまった友人、綾乃(加弥乃さん)が大怪我を負う。そこから真奈美は自らも傷を負っているのに彼女のために色々行動を起こし、警察である世田に繋げることができる。

中間から、警察と情報提供者の取引という名目ではあるが、世田と基樹は行動を共にする。やがて朝比奈とアイコがいるカフェを包囲するが、朝比奈は鞄の中に爆弾を入れており「爆弾の解除コードを知りたければアイコともう少し話をさせろ」と交換条件を出す。朝比奈はアイコを助手席に乗せ、次の爆破先である東京タワーに向かう。世田と基樹が後続につき、レインボーブリッジを走行する。

アイコは、朝比奈がなぜ自分にこんな役目をさせたのか問うが、実はアイコの夫についての秘密を朝比奈は知っていた。物語の最初は事件に巻き込まれた買い物途中の女性、という立場のアイコだが彼女自身が爆弾に関わっていた。実在が明らかになると彼女の表情は一変する。彼女も戦争の犠牲者だ。正確には、他国で地雷除去活動をしていた夫が負傷して帰国し、その後豹変してしまってからの、間接的な戦争の犠牲者だ。朝比奈にこれまでアイコが夫と共にしていた重要な行動を全て話す。悲しみと憎しみだけが生きる力になっている彼女に朝比奈は静かに心を寄せ、後続につく基樹をバックミラーで見ながらアイコに言う。

それでもこの国を信じたい。
もう一度チャンスをあげてもいいんじゃないかな。

それは愛する息子と彼が守りたい家族の未来のための言葉だ。
爆弾の解除コードを知っていたのは朝比奈ではなくアイコだった。世田と基樹に電話し、解除コードを告げた後、朝比奈とアイコは急ハンドルを切り、車ごと海へ飛び込み、持っていた爆弾も爆発。朝比奈が感じていたであろう基樹への罪と、消し去れないアイコの悲痛な過去と共に最期を迎える。被疑者死亡のままのラストは、世田にとって納得の行くものではなかったが、それでも束の間、街に平穏は戻る。

この作品に於いての西島さんの役に関して多くは語られないが、彼の首筋に残る傷痕が過去にどれだけ悲惨な目に遭ったのかを物語る。更にそんな悲痛な重みを抱える人物だからこそ、人生を達観したような朝比奈に導きに乗ったのだろう。アイコは既に爆破することしか考えておらず誰も止められない。だからこそ朝比奈は自分もアイコも車ごと、と言う最期を選択せざるを得なかったのだろう。

まだまだ少年の面影を残す容貌ながら重々しい影を抱える中村倫也さんは静寂から突然感情的になったりと意外性がある演技で目が離せなかった。そして、広瀬アリスさんの演技が印象に残った。

『サイレント・トーキョー』ポスター

※追伸
しかし、波多野監督は『オズランド』(2018年)の監督さんでもあるんですよね。あの映画では、西島さんは超明るい前向き上司役、中村さんは少し不憫だが都会的で魅力的な恋人役をそれぞれ演じた。夢いっぱい希望いっぱいの明るい作品だったので今回の180度違う世界に戸惑いました。更にジョン・レノンが歌うエンディング、有名な「Happy Christmas(War Is Over)」が若干トラウマになるというおまけ付きです。

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