恐怖の居場所。

21:30、二階の子供部屋のベッドで眠る5歳になる次女。僕は自分のベッドに体を横にする前に、2人の子供に、アメリカの映画、いや、ハリウッド映画で覚えた、寝る前のオデコにキスをする。
その日も、長女、そして次女と、順番にオデコにキスをして、次女から離れようとした時、ふと、次女のスーハースーハーという寝息が耳に残った。

スーハースーハー

僕は急に怖くなった。
気持ち良くスヤスヤと寝ている子供の姿を見て、確実に幸せを感じる瞬間であることは間違いない。けれど僕は、恐怖で慄いた。

その恐怖との出会いは、僕が小学1年生の時まで遡る。1983年に公開された「スターウォーズ ジェダイの帰還」という映画が、金曜ロードショーか何かのテレビでやっていた時にそれはやってきた。

スーハー

スーハー

あの黒光りした男がやってきたのだ。

いや、やってきたというのは、観たというそれとは全く違う。口をクジラのようにした黒光りした男は、僕の目に飛び込み、そのまま脳みその奥深いところまで潜ってきたのだ。消えない。全く消えない。右を見ても左を見ても、どこを見ても。あの黒光りの男は、僕の目の前に現れて、ただひたすら…

スーハー

スーハー

を繰り返す。

僕はただ慄いた。

歯を磨きながら、洗面台の鏡に写る自分のすぐ横にいる。自分の部屋のベッドの天井にいる。目を閉じても、もちろんまぶたの裏にいる。恐怖でしかなかった。僕はあの夜、黒光りした男に出会ってしまったのだ。

スーハー

スーハー

というとてつもなく恐ろしい呼吸法を携えながら、ピカピカと暗闇の底から黒光りしているその男。6歳になった僕の人生の中で、圧倒的な存在感だった。ベッドに潜り込み、ただひたすら夜明けを待った。あれほど光を欲していた6歳児はいなかったのではないかというくらい、僕は光を待った。

スーハー

スーハー

電気をつけに行く勇気はなかった。身を潜めていなければ見つかってしまうと思っていた。見つかれば最後、あの赤いイチモツで終わりだ。その時、部屋のドアが、ギーっと開いた。

来た。

黒光りした男が、部屋に入ってきた。

スーハー

スーハー

ずっとこっちを見ている。完全に見つかっている。完全に僕は見つかっている。でも、ベッドから起き上がれない。身動きができない。何故なら僕は、ジェダイではないのだ。ただの6歳児だ。フォースと共にないし、フォースの導きすら感じられない。しまったと思った。あの時、母から言われた言葉が頭の中でこだました。

「イッペイちゃん、最後まで観らんとね?」

最後まで観ておけば良かった。そうすれば、黒光りの男の弱点くらいはわかったかもしれない。僕は後悔した。そして、絶望した。

ずっとこっちを見ている。怖い。怖い。

ただ僕は、息を殺し、布団を被り、居場所がバレているにも関わらず、身を潜め続けた。

スーハー

スーハー

ハッと気づくと、目の前には可愛い次女の寝顔があった。知らぬ間に、あの頃の恐怖が頭の中を支配していたのだ。

スーハー

スーハー

これは確かに次女の寝息だ。黒光りの男のクセのあり過ぎる呼吸法ではない。

我に帰った僕は、少し冷や汗をかいた手で子供部屋のドアを閉め、寝室へと続く床を物音を立てずに歩いた。身を潜めないと。いや、もう僕は子供じゃない。

寝室に入り、ドアを閉め、ベッドに横たわる。そして、また寝室の部屋のドアが開いた。
僕はジェダイではないし、フォースもない。だけど、あの頃の恐怖に負けるほどもう弱くもない。

スーハー

スーハー

ずっとこっちを見ている。僕は右側の口の口角を上げ、「12月に会おう」とだけ伝えた。

真っ暗な夜の闇に響き渡る。

スーハー

スーハー

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