喜来町

きらいちょう、と読むこの町は都心から1時間という立地にも関わらずそこかしこに田舎の雰囲気を残している

切り立った山などはもちろん無いのだが、緑が多く田畑もある
澄んだ湧き水が川となった来火川には未だにカワセミが魚を捕りにやってくる
森は夏になるとたくさんの昆虫が鳴き、飛び、それを捕まえに都心からきた家族連れで賑わうのも恒例の眺めだ

しかしひと度田舎然とした風景から距離を取れば、広がるのは充分なスペースが確保されている住宅や大型のスーパー、賑わう商店街が立ち並んでいる

幼稚園や保育園も町の人口をカバーするに充分に足りていて、病院も大学病院から、個人医院までが揃っていて…つまり
理想的なベッドタウンだ

このような宣伝文句を電子NEWSで読みながら、浅羽由太郎は込み上げる熱い思いを何度となく味わっていた

強運に恵まれた！という感慨を飴のようにしゃぶり尽くす

しかし、本当に良かった
今までの36歳に至る人生で、初めて自他ともに認めることのできる掛け値なしの幸運に恵まれたのだ

いま一番注目のベッドタウン、喜来町…町長の明確な方針で厳密に管理されている町

高層マンションは一切建てることはできず、三階建てまでが限度
コンビニやファミレスも大きな看板や、景観を損なうカラーは使えない
統一された町並みは度々テレビで取り上げられるほど美しい
故に中古物件はすぐにでも売れ、なかなか出回ることさえなかった

そんななか、ひょんなことから喜来町の物件と巡りあった
同僚の中田が口にした一言

浅羽さん、喜来町って知ってます？

ちょうどそろそろ一戸建てを考えていた自分にとって、その名前は魅力的過ぎた

実は俺の親戚が喜来町の物件を売りたがってて…このあいだ浅羽さんが物件探してるって言ってたからもしかしたらって

そこからはトントン拍子だった
妊婦の妻と小四になる娘を連れて物件を見に行った
妻、真梨恵はすっかり癖になった腹を擦る動作を繰り返しながら、広々として余裕のある道路や美しく整備された公園に目を細めていた
バス停も近く、産婦人科も保育園も徒歩圏内にあることを目ざとくチェックしている
誰よりも厳しい妻の審査をクリアすれば、もう言うことはなかった
娘の梨奈もいまのアパートよりずっと広い部屋や庭に興奮している

挙げ句に有りがたいのは、中田の同僚ということで相場より安く買えると言う

これは運命だ
これをモノにしなくてどうする

その日のうちには頭金を突っ込み、2週間後にはリフォーム会社に電話を掛けていた

そして、ようやくつい3日前に喜来町に引っ越した
まだ開けていない段ボールもあるが、あらかた落ち着いてきている

真梨恵は無理しない程度に娘を連れて町を探索していて、毎日楽しそうに晩酌に付き合ってくれていた

ひとつだけ、気になることがあるとすれば…