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思考の溝

先日出演したラジオ番組は、スポンサーの凸版印刷のブランディングが「すべてをTOPPA(突破)する会社」なので、ゲストは「あなたがさまざまな「壁」を突破して、今活躍しているステージの扉をひらいた【突破ストーリー】」を聞かれる。それに対して、私は「運です」という身も蓋もない返事をしている。

ほんとうなので仕方ないが、時間があったらもう少し話したかった幾つかのことがある。そのひとつが、「発想の転換あるいは発想の自由さ」だ。これも陳腐といえば陳腐だが、我々が携わる科学研究における「突破」にはとても重要だ。

例えば、細胞内に侵入した病原菌を防御システムであるオートファジーがどうやって認識しているのかという謎に対して、皆、病原菌に共通する「目印」があると思ってそれを探した。しかし、病原菌は様々過ぎて共通の目印がさっぱり見つからない。

私は、目印は病原菌そのものにはないのではないかと考えた。病原菌はいずれも細胞に侵入する際にエンドソームという細胞内の小さな袋に包まれ、その袋を破って侵入する。

私は、菌そのものではなくこの袋の破れが認識されているのでは?と考えた。そして菌の代わりに菌くらい小さいプラスチックビーズに袋を破る薬品を付けて細胞に取り込ませた。
そうしたら、オートファジーがそれを認識した! つまり菌ではなくて菌の周りの袋の「破れ」が目印だったのだ。

発想を切り替えること、「常識」に捕らわれない自由度の高い発想をすること、が新たな発見をするためにクリティカルだ。たぶん、研究だけではなくどんな分野、職種でも。

人間の思考は、自分や他人が作った溝にはまりやすい。こうじゃないかとひとつ思いつくとそれが溝になる。そしてその溝に一旦ハマるとそこから抜け出せず、堂々巡りに陥る。

どれだけ溝から自由でいられるかが、クリエイティブかどうか、イノベイティブかどうか、を決める。あるいは、社会を公平な目で見られるかを決める。

これには普段からの思考の鍛錬や、全方向にアンテナを張り巡らす強いキュリオシティ・好奇心を持つことなどが大切だが、ちょっとしたtipsもある。

溝にハマったと思われるとき、煮詰まったとき、一旦そのことから離れるのだ。私なら、山に走りに行って、その間は研究のことは一切考えない。

留学先のドイツのボスも、「全部忘れて一晩ぐっすり寝るのが大事」と言っていたのでたぶん普遍的な原理だと思う。そういう観点から、没頭できる自分の世界を本業以外にも持つべきだ。

趣味でも良いし何でも良い。本業のことを忘れられるくらい熱中できればいい。これは発想だけではなく、精神の健康を保つのにも有効である。

くだんのラジオ番組でのトークセッションは、今でも随時下記サイトで聞ける。ただ放送時にはかなりカットされていたのが多めに残っていて(実際はさらに喋っている)、多分長過ぎ。私が喋りまくっていて、少々うざい。後半から聞いてもらうほうが良いかも。あと途中かかる曲(PerfumeのFlow!)や私がリクエストした曲(ピンクフロイドのマシーンへようこそ)が放送と違って流れず悲しい。
https://spinear.com/shows/innovation-world-era/episodes/from-the-next-era-2022-08-07/


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