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炎・a

薄暗い静寂の中に揺れる、揺れる
ゆらゆらと、揺れる
赤い炎

パチパチ…

「……………。」


とある事情で、私と彼女は森で野宿をすることになってしまった。
雨風を凌げそうな洞窟を見つけて、夜の帳が降りてくる前に私は手早く火を起こした。


パチパチ…


焚き火で真ん中を隔てて大切な彼女と向かいあわせで座っている…

お召し物が汚れてしまうといけないので彼女には私が普段着ている燕尾服を敷いて座って頂いている。
彼女は「服が汚れてしまうからいい」と最初断ったが(彼女ならそう言うかもしれないとは判ってはいたが…)
むしろ今はこんなことぐらいしか出来ないのを申し訳なく思う。

「…………」

もうどれほど長い間こうしているだろう
静寂の中に、焚き火の炎が燃える音だけが不規則にパチパチと音を立てている。

パチッ…パチッ…

…炎には、不思議な魅力がある…
こうして暖を取れることもそうだが、揺れる炎は美しいし、このパチパチと言う音を聞いていると不思議と心が安らぐ。
不規則な焚き火の炎に照らされながら、よほど疲れたのであろう彼女は座ったままぐっすりと眠っていた。

「…………」


揺れる炎と安心して眠る彼女の寝顔を、微笑みながらずっと見つめている。


この夜が明けたら、何としてでも無事に彼女を屋敷まで送り届けなければならない。万が一の事があってはならないと、一抹の不安はありつつも私は、今までの自分の積み重ねてきた経験と、そして運を、信じている。
…とは言え、気を抜くことは出来ない。
私には、この御方を守り抜く義務があるのだから。

私はゆっくりと立ち上がり、眠る彼女の隣に静かに座ると、起こさぬようにそっと彼女の肩に手を回して私の肩に身体を優しく引き寄せた。

…何度でも言うが…

私にはこの御方を守り抜く義務がある。
何人たりとも、彼女には指1本触れさせはしない。
小さな身体の温もりを肩で感じながら、私は改めて心の中で誓った。



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