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Y医師のストックホルムの街角から~#4 スウェーデンの医療事情

 さて今回は、Y医師が昨年の夏に、私の勤めている病院で行った講演会の内容から、記憶力を気力で振り絞ってスウェーデンの医療事情の一端をお伝えしようと思います。

アートな病院

 まず、スウェーデンの病院は「5%がアートでなければならない」という決まりがあるんだそうです。今、Y医師から頂いたスウェーデンの病院の写真を見ているのですが、いつも人でごった返して、貼り紙だらけの弊院とはまるで違っています。言われなければ病院だと気づく人はいないのではないでしょうか。
 スウェーデンでは「病院は工場のようであってはならない」そうなんですね。これ、とてもいい言葉だと思いませんか?
 私はいつも午前中の病院を歩き回っていると、あまりの人混みに「野戦病院ってこんななんだろうな」と思ってしまうことがあります。スウェーデンの病院が人でごった返していないのにはわけがあるのですが、それはまた後で。

〇〇がやらなくていいこと

 スウェーデンの大きな病院では、寝具や衣類などは、ロボットが院内を動き回って届けているんだとか。人間がやらなくてもいいことには人間は使わない、というのがあちらの方針なのだそうで、検体も廊下に張り巡らされたエアシューターのようなものを通って無人で運ばれるそう。

 スウェーデンは人口がそれほど多くない(1千万人ほど)こともあってか、労働力が非常に高価なので、こうしたことができるというか、こうせざるを得ない面があるのだと思います。

 当然これは人間にもあてはまって、〇〇がやる必要がないことは〇〇はやらないという分業体制がしっかり確立されているそうです。

仕事がない!

 Y医師が弊院に赴任されているとき、廊下でばったりと会う機会がありました。そのとき突然、
「仕事がないときどうしてんの?」
と聞かれました。何かちょっと痛いところを突かれた気がしましたが(そのころは午前中がとても忙しくて、午後は割と暇でした)、「そういうときは仕事を作ったり、探したり……」とへどもどしていると、「バカくさくない? 仕事がないなら早く帰ればいいのにさ。私もう帰るよ」と言ってそのまま帰ってしまったときはびっくりしました。

 日本では労働者はどちらかというと時間に縛られていますが、どうやらスウェーデンでは仕事に縛られるもののようです。最近は日本でも自由な働き方が認められてきているようですが、まだまだ社会に浸透、というところまでは行っていませんよね。

お互い様の精神

 ところで、日本の総合病院では予約制を取っているところでも、ものすごい時間待たされたりしますよね。ところが、スウェーデンで専門医の診療を受ける際にはガチガチにスケジュールが決まっているそうです(この辺の仕組みはまた後で詳しく説明します)。
 にもかかわらず、医師の都合で診療がキャンセルされることはザラにあるそうで、Y医師も第二子の妊婦検診を医師の都合でキャンセルされたのだとか。
 スウェーデンは、社会全体がお互い様の精神を基本にしているそうで、医師が体調を崩せば休むのが当たり前で、そのために診療がキャンセルになったとしても当然のこととして受け止められるのだとか。

 この辺は日本も是非見習ってほしいものです。弊院はまだ休みが取りやすい職場なのですが、そうでないところもまだまだ多いですよね。自分が都合が悪くなったら休む代わりに、相手も都合が悪くなれば仕事を休む。それを仕方がないねと認め合うのって、誰も損をしていなくて、いいことだと思いませんか?

 こちらの記事にも書きましたが、スウェーデンではお互いの労働に対して敬意を持っていて、労働を通じてお互いに支え合っていることを認める文化が成り立っているのだそうです。

 もっとも、患者の方もクリスマスが近づくとウキウキして、患者の方からの診療のキャンセルも増えるんだそうですよ。

総合診療医

 さて、後で後でと先送りにしてきたことが二つありました。
 スウェーデンの総合病院が人でごった返していない理由。
 スウェーデンの専門医のスケジュールがガチガチに決まっている理由。

 この二つを解くカギが、プライマリ・ケア、総合診療医の制度にあります。
 日本ではいきなり大きな病院の専門医の診察を受けることができます。Y医師も「カゼひいただけで呼吸器内科にかかったくらいにして」と言って笑いを取っていましたが、皆さんも心当たりがありますよね? もっとも、200床以上の病院に紹介状なしに受診しようとすると、保険適用の初診料とは別に「初診時選定療養費」というものを払わなければならないのですが。
 一方スウェーデンでは、いきなり専門医の診察を受けることはできず、まず総合診療医の門を叩かねばなりません。
 総合診療医は日本でいうところの「かかりつけ医」に相当するものですが、内容は随分違っていて、総合診療医は子供から大人まで、内科だけでなく耳鼻科や皮膚科、精神科の領域まで一人で対応します。おまけに、患者さんの呼び出しから見送りまで、すべて医師が一人で対応するのだとか! 日本の個人病院などでは、呼び出しや見送りはナースやその他のスタッフがやってくれますが、ナースにはナースの仕事があるというわけです。
 Y医師は、スウェーデンでも総合診療医をした経験が半年ほどあって、この半年間が一番キツかったとおっしゃっていました。
 カルテ書きだけは楽で、ボイスレコーダーに吹き込んだ内容を秘書が打ち込んでくれるので、すぐに終わるのだそうです。

 さて、総合診療医に診察してもらって、そこで済んでしまうような内容であれば、それで診療は終了です。結果はお手紙や電話で医師からいただくそうです。
 ここでさらに専門医の診察が必要だと判断されれば、日本と同じく紹介状を書いてもらい、大きな病院の専門医の診察を受けることができます。が、患者の都合のよい日時に受診できる日本とは異なり、病院から「何日の何時に来なさい」と指示される、つまり専門医のスケジュールによって受診日時が決められます。患者の都合はお構いなし。患者が医師のスケジュールに合わせます。医師は、スケジュール外の診察を受けることもありません。おまけに新患は45~60分、再診は30分と診察時間まできっちり決まっているんだそう。そのため、病院内が患者でごった返すということがないのですね。

 私は、この総合診療医の制度がいいなあと思っています。だって、私たち素人には、体の中で何が起こっているかわかりません。何科にかかればいいのか、わからないことってありませんか? 確かに体の調子が悪いのに、検査をしても異常はないと言われた経験がある人もいるのではないでしょうか? そんなとき、最寄りの総合診療医に行けば、いろんな角度からきちんと診て、必要ならばもっと専門的な医療へとつなげてくれる。患者の立場からするととても楽でいいと思うのです。

 一方で、日本は日本でいきなり専門医の診察を受けられるというメリットがあります。Y医師も、「専門医にかかる機会なんてそうそうないから」と、診察のない日にはあちこち受診したり、体のすみずみを検査をしてもらったりしていました。

おわりに

 今回は、スウェーデンの医療について、ざっとお伝えしました。まだまだ書きたいことはあるのですが、今回はここまでといたします。
 次回は、個人番号(マイナンバー)の制度や個人情報のことを絡めて、書いていきたいと思います。
 最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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