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【随筆】我慢の女 最終章

十二年。あっという間だった。この間、顔が見たいと思ったことが無かったわけではい。会いたくて。寂しくて。心配で。心配で。このまま二度と会うことが出来なくなるかもしれない、そう思うだけで胸が張り裂けそうなほどに苦しくもあった。だがどうしても許すことが出来なかった。意地っ張りだと言われればそれまでだ。強情だと言われてもその通りだとしか言えない。四十しじゅうを越えた今となっては、何にそんなに腹を立てていたのかも忘れてしまった。潮時。私がこうして悩み、泥水をすすり、泥の中を這いずり回りながらも人生を歩むことが出来たことも、父と母が出会い、私に生を与えてくれ、育ててくれたからなのだ。潮時なのだ。

十二年ぶりに自宅の駐車場へ車を停めると、そこには年老いた二人が立っていた。
「おかえり」
二人の口から懐かしい音が聞こえた。今この時から、この瞬間から少しでも長く顔を見ていたい。そんな思いが湧き上がり、まっすぐに二人を見つめて言った。
「ただいま」
そして、隣にいる妻を紹介した。家を出て一年後に当時お付き合いをしていた女性と結婚したのだ。

十二年という時間を埋めていくように、少しずつお互いのことを話して行く。
私が家を飛び出して間もなく、父がうつ病を患ったそうだ。一年半の休職期間を経て復職したがやはり完全復帰は難しかったようで、結局は定年を機に退職し家に閉じこもる日々を過ごしていた。ネット通販にのめり込んでしまい、クレジットカードの上限額では足りず、リボ払いで欲しいものを欲求のままに買い続ける。そのため父の年金受給額では毎月の返済が足りず、母の給料からも支払いに回していた。母も定年まであと半年なのだが「まだまだ辞めることは出来ないね」と笑っていた。
「昨日からお父さん元気になったんだよ。あんだが帰ってくるがらだね」
あれほど傲慢でエネルギッシュであった父が、今では力の抜けたような声で囁くように話し、弱々しく笑い、私に媚びる。やめてくれよ、お父さん。
俺はあなたを尊敬していたんだ。どこまでも強くて、どこまでも直向ひたむきなあなたを尊敬していた。でも、俺の心が弱かったから逃げてしまった。ごめんな。今ならよくわかるんだ。だから俺はあなたを恨まない。だから長生きしてくれな。

五年程前に祖母も母の元に引き取ったと聞いた。
祖母は認知症がかなり進んでいた。更に一人で暮らしていたため、いつ何が起きてもおかしくないということで、母が介護士ということもあり親戚一同に話をつけ、福島から連れてきたのだそうだ。
母の姉。私からすると叔母との関係も良好で、姉妹で母親の面倒を仲良く見ていたのだと嬉しそうに語った。
その祖母も先日三回忌を迎えたという。遺影に写る祖母の顔は笑顔だ。大好きだった祖母の笑顔が写真でしか見ることが出来ない。もう少し早く、せめて一言でも言葉を交わして、顔を見て、顔を見せてあげたかった。
もう消し去ることが出来ない後悔の念を抱き、祖父と祖母の位牌が並ぶ仏壇に線香をあげ、手を合わせただただ頭を下げた。

食卓には私が好きなもの。正確に言えば私が好きだったものがずらりと並んだ。お母さん、俺の胃袋はもう四十だよ。でも食べた。たくさん食べた。懐かしい味だ。大好きな味だ。私の思い出には、母の手料理が欠かせない。店が忙しい中、必ずご飯を作りに帰ってきてくれた。幼稚園へ持っていく弁当は隙間無くみっちり詰め込まれた茶色主体のおかずと、同じくみっちり詰め込まれたご飯。友達の持ってくる弁当は色鮮やかで、見られるのが恥ずかしかったな。小学校に上がると、大人でも大きいと感じる大きさの弁当箱に同じようにみっちり詰め込んでくれる。茶色主体のおかずもまた。煮物を小分けのカップに入れずにそのまま詰めるから、ご飯に汁が染み込んでいたっけな。あの時は嫌だったけど、あれが美味かった気がする。
妻も気を遣いながらもたくさん食べていた。父と母は箸が進んでいなかった。食が細くなったんだ。私の十二年とは違うんだろうな。
食後に母が入れたコーヒーを飲む。カップは母の趣味だろう。いつも独特なデザインを選んで集めている。母の数少ない趣味だ。
ミルクを入れ、砂糖を一本入れ、コーヒーを一口含み、母が妻に私の昔話を始めた。「出来ちゃった結婚だったんだよ」私も妻も笑いながら聞いた。

安くて美味いチリワインの二本目が空になった。母はすっかり真っ赤な顔をしている。母に似た私も同じように真っ赤だ。父は酔い潰れ、ソファーでいびきをかいている。近頃めっきり酒に弱くなったそうだ。妻は先に布団へ入った。
「あんだには本当に申し訳ないごどしたね。本当にごめんね」そう言って頭を下げる。私はすぐに対面に座る母の肩を押し上げた。「お母さんは俺をずっと守ってくれていたよ。俺のことを考えてくれたよ。感謝しかないよ。十二年ずっと会いたかったんだよ」思いが溢れ出す。十二年間閉じ込めてきた思いが涙となって溢れ出してくる。ようやく伝えることが出来た。
母も涙を隠すことなく、だが晴々と笑っていた。思い出話はまだまだある。十二年ぶりの夜は全く時間が足りない。

埃一つ無い。ガラスの曇りすら無い。私が飛び出した状態のままの自室で現在これを書いている。私がいつ帰ってきても良いようにと、母が定期的に掃除をしてくれていたのだ。十二年間。
昼食を食べに連れていった時に何気無しに聞いてみた。
「なんでそんなに我慢出来るの?」
母は少しの間考えて「お母さん我慢してだんだね」と笑った。続けて「私はお父さんと結婚する時に『この人に一生尽くす』と決めだんだ。そしてあんだ達が生まれできてくれで、あんだ達が可愛くて、頑張って生きてほしくて、ただそれだけ思ってやってきただげだよ」と恥ずかしそうに言った。
「お母さん、要領悪いからさ。みんなに苦労ばっかりかけてしまったがもしれないね。ごめんね」

私はこの話をどのように締めて良いか決めかねている。
どのような言葉を引用しても、どのような言い回しを考えたとしても、母の口から語られる想いをチープにしてしまう気がするため、このまま締めようと思う。

最後に一つ。私の自慢はこの母の息子だということだ。

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