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リベラルとは何か−17世紀の自由主義から現代日本まで− 田中拓道

 高校生のとき、政治経済の授業を取っていたけれど、政府の経済政策も、国際問題のニュースも、いまいちよく分からない。選挙になると、どうやら投票率を上げた方がいいらしいので、投票所に行く。でも、政治と僕の距離は、遠く離れた親戚の叔父さんぐらいある。どうやって関わったらいいのか分からない。分からないことだらけで、気づけば衆議院議員の被選挙権まで得てしまった。これが、僕の政治経済の知識の限界だ。

 これだとまずい。よく分からないけど、まずいことは分かるようになった。人の心と社会の仕組みについてずっと考えているのに、自分に関わる政治と経済について何にも知らない。何も知らないから、どこから手をつけたらいいのか分からない。僕の周りの人の話を聞いていると、新自由主義(ネオリベ)が悪者のようだ。そして、資本主義もよく嫌われている。

 まず、経済を知らないと。そこで手に取ったのは、ジョセフ・ヒースの「資本主義が嫌いな人のための経済学」(NTT出版)だ。この本では、政治的な立場を右派と左派に分けて、それぞれの主張を批判して、経済学的な考え方を説明している。

 そういえば、右派と左派って何だろう。


 日本では右翼と左翼、あるいは保守と革新(リベラル)という言葉が使われている。何となく、両者の雰囲気は分かるけど、人にはうまく説明できない。そこで次に読んだ本は、田中拓道の「リベラルとは何か 17世紀の自由主義から現代日本まで」(中公新書)。左派(左翼)=リベラルという浅い認識を刷新できる本だ。この本のリベラルの定義がとても腑に落ちたので載せておこう。

現代のリベラルとは「価値の多元性を前提として、すべての個人が自分の生き方を自由に選択でき、人生の目標を自由に追求できる機会を保障するために、国家が一定の再配分を行うべきだと考える政治的思想と立場」を指す。

 硬い言葉が並ぶので、キーワードを拾ってざっくりと解説。

 「価値の多元性を前提にする」とは、人によって考え方、大事にしているものが違うし、置かれている環境や能力も違う。それをまず認めることが大切、ということだ。同じ人間だからといって、みんなが大富豪になれるとも限らない(あるいは、なりたいとも思わない)。頑張ればどんな人もオリンピックに出れるわけじゃない。野球をする子供は全員甲子園を目指しているわけじゃない。これを理解していることが、「価値の多元性の前提」だ。

 その上で、みんながしたいことを自由に選んで挑戦する機会は、ちゃんと保障しましょう。そのために「国家が一定の再配分」つまり、政府が法律を作って、みんなにチャンスが行き渡るように調整しましょう。これがリベラルの立場だ。

 この考え方を持って、国家に制度整備や補償を求める立場を、一般的に左派とかリベラルと言う(厳密にはリベラルと左派は違うけど、この文章ではほぼ同じものとして扱う)。日本だと左派(左翼)は脱原発とか護憲運動的なイメージと結びついているけど、国際的には特殊な例らしい。その辺りの事情は上記の本「リベラルとは何か」に書いてある。

 
 さて、こう書いていると、リベラルは特に弱い立場の人たちにとって、意見の代弁者でありヒーロー的存在でもある。人種や民族、生まれ育ちによって不当な扱いを受けないようにする活動がリベラルなのだから、活躍してくれないと困る。しかし、最近のリベラルの立場はとても弱く、代わりに保守や右派、ポピュリズムや新自由主義が幅を利かせているらしい。素晴らしい思想を持って活動しているはずなのに、広がらないのは何故だろう。

 先ほど紹介した「資本主義が嫌いな人のための経済学」「リベラルとは何か」で共通して、リベラルの弱みとして挙げられていたことがあった。それは「数字」に弱いことである。

 価値の多元性を守るため、弱い立場にある人たちの権利を守るため、国家に対してより良い政策を提案するのがリベラルの役割である。ただこれまでのリベラルは、王道の資本主義・保守的な政策に問題提起をするのはいいけれど、具体的に長い目を持って考えた政策を実行することがほとんどできなかった。直感的に正しそうだけれど、経済学的には失敗することが見えているような計画を行い、かえって弱い立場の人たちを苦しめることさえあった。

 ブレイディみかこ・松尾匡・北田暁大「そろそろ左派は〈経済〉を語ろうーレフト3.0の政治経済学」(亜紀書房)は、そのような左派への問題意識を持って出版された対談集だ。

 最近のリベラルが、弱者のアイデンティティ(人種や民族、性別、障害など)にばかり注目しすぎて、重要な経済の問題(経済とは、お金であり、明日のご飯であること)をきちんと考えてこなかったという反省を中心に、著者の3人が話し合っている。論点は既に上げた2冊とも近く、会話中心に進むので一番読みやすいかもしれない。

 3冊の本を読んで、政治経済を軸としたこれまでの世界の流れをなんとなく掴めたと思う。特にリベラル・左派という立場は、いつかまとまって学んでおきたいと思っていたので良い機会になった。以前紹介した「新たなマイノリティの誕生−声を奪われた白人労働者たち」を読んだらより深く理解できそうだ。

 ただ、こうした政治問題はアメリカのトランプ問題やイギリスのEU離脱問題といった、遠く離れた人たちの話として回収されがちだ。差別も貧困も、テレビニュースとSNS上にしか存在しない人もいるだろう。広く届く言葉を生み出すことが、僕のしたいことであるけれど、まずはその実態を多面的に理解しておきたい。

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