【言語】言語の発達と英語力の向上について

英語は難しい。今になると本当にそう思うよね。

中高生でも英語が嫌いな子は多い。他の教科は取れていても英語だけはどうしても取れないって子もいる。

だから、これは学力とか知能とかの問題じゃないのかもしれない。

確かに、どれだけIQが低い人でもアメリカ人やイギリス人なら英語は話す。

僕らよりはるかに小さい幼稚園児ですら、僕たちよりも流暢に英語を喋るような気がする。

さらには、日本人でも、例えば小さい頃から海外に住んでいたり、英語に触れて育った子どもは英語もある程度話せるようになる。

別に単語帳を何回も見て覚えたわけでも、文法書で文法を勉強したわけでもないのに、なぜか喋れるようになっている。

こんな不思議なことが起きているのはなぜなんだろう。

それは言語の発達に秘密があるようだね。

昔(行動主義が流行っていた頃)、B. F. Skinner という心理学者は言語習得は『強化』によって起きると想定していた。

『強化』ってのは行動主義の用語なんだけど、簡単に言うと、上手くできたらご褒美をあげるし、できなければ与えないみたいなことだよ。

すると、子どもは『あ、これをすればご褒美がもらえるんだ』と思って、その行動が強化されるんだ。

あ、そうだ、ちなみに今僕が働いている塾では、プリントで合格するたびにポイントがもらえるのね。それでそのポイントでお菓子とかジュースとかが買えるんだけど、最近までお菓子が切れてたのね。

で、ある日誰かが補充していたんだけど、その瞬間小学生を中心にめちゃくちゃ真面目にやるようになって、お菓子がすぐになくなって行ったよ。

お菓子という『好子』が勉強という行動を強化したんだ。

まぁ、この辺の話は言語と関係ないからこれくらいにするけど、そんな感じで子供が何かを話すと、母親が子供にプラスのストロークを与える。

それを繰り返すことで言語は習得されていくと考えていたんだけど、それを批判したのあノーム・チョムスキーだよね。

チョムスキーは『言語習得装置』という心的器官を持って生まれてくると考えていたんだ。

そして、それは特定の言語に限ったことではなくて、どの言語でも最初は習得できる状態で生まれてくると想定したんだね。

だから、例えば、日本人として生まれたから必ず日本語ってわけでもなくて、どんな言語でも吸収できる習得装置を持って生まれてくるんだ。

ただ、その装置は歳をとるにつれて機能しなくなっていく。

そして、自分が普段から触れていく言語だけを理解し、話せるようになっていくんだ。

だから、例えば、日本人が苦労する英語の音で言うと『s』と『th』の音の違いがあると思うんだけど、赤ちゃんの頃は簡単に区別できることがわかっているんだ。

なんだけど、『th』の音って日本語にはないでしょ?

だから、区別できなくても良くなっていくんだよね。その結果、みんな聞き分けができなくなっていくんだよ。

さらに、人間が生得的に言語習得の能力を持って生まれてくるという根拠はそれだけじゃない。

なんと生まれてくる前から声のトーンの判別とかはできてるんだって。

だから、生まれてからも明らかに母親の声にはポジティブな反応を見せるんだよ。

そして、その声を他の人の声とは区別できるんだよね。

てな感じで、僕たちは生まれてすぐはどんな言語でも習得できるんだ。まっさらな状態で、どんな言語を入力しても上手くいくんだ。

だけど、大人になるにつれてその入力ができなくなっていく。それはなぜなら、僕たちが赤ちゃんの頃、日本語を習得するために使ってしまった『言語習得装置』を今は持っていないからだ。

なんだけど、じゃあもうどうしようもないかって言われるとそうじゃない。

僕もある程度は話すわけだし、僕よりも上手に日本人なんてごまんといるわけで、彼ら全員が全員、小さい頃から英語に触れてきたりしたわけじゃない。

やっぱり学習は必要なんだよね。

じゃあ、どのように言語を学習していくのかって言うと、やっぱり最初は耳からだと思うんだよね。

言語にもたくさんの種類があって、例えば、話し言葉と書き言葉でも全然違うでしょ?

話せるからって書けるわけじゃない。

特に日本語では漢字という厄介な文字が使われているから、そいつらは学校に入ってから勉強するんだよね。

だから、まずは話し言葉から行く必要がある。

言語はいくつかの要素に分解できるんだけど、その一番小さな要素のことを『音素』というんだ。

音素は、それぞれの単語を構成している音のことね。

で、その音素が組み合わさることで『形態素』という、意味を持つ最小の言語単位になるんだ。

これは言語学的な用語だから覚える必要はないんだけど、一番わかりやすいところでいうと一つ一つの単語のことだね。

そして、そいつらをどのように組み合わせるのかっていうルールのことを文法っていうんだよね。

日本では大体ここから入るんだ。

言葉も音もわからないのに、まずルールを学ぶんだ。それでわかるわけがないのに。

組み合わせたくてもその部品がない状態なんだから。

そして、チョムスキーの発見で画期的なことだったんだけど、文法と意味は別物なんだ。

つまり、文法構造が正しいからといって必ず意味をなすとは限らないってことだ。

例えば、チョムスキーが作った有名な例文で、"colorless green ideas sleep furiously." というものがある。

英語ができる人なら『え、どういう意味?』ってなるかもなんだけど、よく見ると文構造的には問題ないよね?

ちゃんと第一文型の文章になっているし、"colorless green"という形容詞が"ideas"という名詞を修飾していたり、最後の"furiously"もきちんと副詞になっていたりと、文法的にはなんの問題もない。

だけど、意味は通らない。

だから、文法と意味は全く別物なんだ。

このように言語習得には『音素』から『意味論(semantics)』まで様々な段階があるんだ。

それを一つ一つやっていく必要があるんだよね。

そして、赤ちゃんがはじめに母語を習得する時のように、やっぱり言語習得は聞くことから始まるんだよね。

けど、日本人のほとんどがリスニングができないでしょ?

というか、英語教育の中でそんなにリスニングをした記憶するないよね。

それだといつまで経っても、英語は話せるようにならないと思うんだよ。

言語を習得したいなら言語習得の流れに則るべきだし、言語習得のメカニズムをしっかりと理解することが大事なんだと思ったね。

言語の発達と英語力の向上について。


最後まで読んでいただきありがとうございました。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?