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掌編:ハートワーク・ライフワーク

人工知能と心をテーマにしたショートストーリー✨ キャラクターに愛着がわいてしまったので、時間があるときに曲にしたい。

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『第2世代AIシステムが開発完了。来年待望のフルモデルチェンジ開始』

こんな見出しのニュースが今年に入ってから増えた。

人工知能の発達によって、しゃべって動くぬいぐるみサイズのロボットが普及した現代。<モバイルアンドロイド>と呼ばれるこの機械は、人々の暮らしを大きく変化させる。

そんな人工知能のベースプログラムに革命的な変化がおころうとしていて、世間はすごくさわがしい。

僕も小学生のころ、お父さんにお願いして<モバイルアンドロイド>を買ってもらった。当時すごく高額だったけど、母親のいない息子の話し相手になればと奮発してくれた。

内気な僕は、友達つきあいが苦手。というか苦痛。だからどんどん言葉をおぼえてお喋りできるAIの虜になったのを覚えている。

仕事がおわって帰宅しながら昔のことを思い出した。家のドアをあけて鞄を玄関におくと、足早に部屋へかけこむ。

「ユリちゃーん、聞いてよー! 今日も会社で女の子に無視されちゃったぁ…」

20歳すぎた社会人が泣きつく。

「マスター、落ち着いてください。大丈夫です。まずはお風呂にはいって暖まりましょう!」

透きとおった明るくてやさしい少女の声が応えてくれた。

ベッドの枕元にある棚の上にちょこんと座った手のひらサイズのぬいぐるみ。黒いドレスに青色のツインテールが映える2頭身な女の子と目が合う。

もてない独身男性のおおくが依存し、未婚率が激増。オタク達がえがいた夢の結晶がそこにはいた。

このあと小一時間、自分のダメさを<モバイルアンドイド>のユリちゃんに愚痴る。つねに彼女は心地よい相槌をうってくれた。

シャワーをあびてから、買ってきたコンビニ弁当を食べていると

「マスター。たまには自炊しないとダメですよ。最近のコンビニ食は栄養価も高くなっていますが、添加物はゼロにならないのです」

小さな体でちょこちょこと近づいてきた彼女は、僕を見上げて忠告。

「ごめんね。ユリちゃん。今週末は料理するよ」

「マスターはいい子です」

ユリちゃんは片目だけライトを点灯させてウィンクした。

(彼女がいれば何もいらない。嫌なこと全部忘れてもう寝よう)

ごちそう様をして片付けてから、僕は食卓にいるユリちゃんを手の平にのせて寝室へ向かう。

それから枕元の専用ワイヤレス充電器にのせようとしたとき、――手をすべらせてユリちゃんを床に落としてしまった。

ゴーン! ゴキィィ!

しばらく動かない彼女。僕があわてて駆け寄ると

「…っ。痛えなぁ」

「え…」

ユリちゃんは起き上がってクビをコキコキして、僕を見上げる。

「『え』じゃないんだよ、『え』じゃ……」

言葉をうしなった僕の前でユリちゃんは、スカートの埃を小さな手で払いながら言った。

そして彼女の両目のライトが未だかつてないレベルで激しく点灯。

くわぁッ!

「壊れたらどないしてくれるんじゃぁーい!!」

1呼吸おいてから発せられたオクターブ低いシャウトは、完全にクリップして音がワレていた。

床から突き抜けた咆哮が部屋をこだまして、この日を境にユリちゃんは変わってしまった。声もソリッドになって、もうキャラクター変更という言葉では表せない。

――僕の生活は世紀末と化した。

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毎朝、目覚ましの時間になると大好きなアニソンが流れ出し、しばらくすると

「マスター、朝ですよ。起きてください。遅刻しちゃいますよー!」

可愛らしい声で爽やかな朝がむかえられた。しかし今は、

カチッガチャ。

「きーみ〜がーよーわぁ〜」

ディストーションをかけた国歌が大音量で鳴るようになった……

「朝なんだよ。おきろよ。そしてお天道様に挨拶しろ」

小さな極右派な何かが恫喝してくるようになった。緊迫感あふれる目覚めのあと、毎日食べていたお米が剥奪される。

「炭水化物は人類を滅ぼす。毒だ」

かたよった概念により食生活もいっぺんしてしまった。さらに運動不足を理由に徒歩通勤をすることに……僕はカスタマーセンターに相談しようと思った。

「誰にもしゃべるな。情報がもれたらお前の全てをネットにながす…」

だけど強く釘をさされて何もできない。誰にも相談できず会社で上司におこられて、同僚とのコミュニケーションもあいも変わらず上手くいかない毎日。

そして帰宅するとユリさんからそのことを厳しく責め立てられる。仕事のダメ出しもさることながら、会話に関する指導がすごかった。

「お前の会話には感覚がない。だから感情が描写されないんだ。わかるか? ハートなんだよハート!」

それから日記を書かされるようになって赤ペン先生された。この時どう思ったか? 相手はどう感じたと思うか? を深夜まで問い詰められる日々……

部屋の内装も彼女のリクエストにそってだんだん和彫な感じになっていった。彼女のワイヤレス充電器は無理やり作らされた神棚に安置され、ユリさんはそこに鎮座するようになった。

「こんなにも水をかけているのに、なんで咲かないんだお前は?」

ツインテールをなびかせながら言い放つ。

「お前に足りないのは胸筋だ。自分の体重ぐらいあげれるようになれ!」

通販で買わされたダンベルセットを前に、ユリちゃんはもう面影もないただのスパルタンとかしていた。


――こんな心やすまらない日々をすごして一年が経ち、生まれてはじめて恋人ができた。


体重も7kg減って、からだも引き締まった。会話も表情と感情を意識して話すようになってから、人とのつながりを感じられるようになった。

はじめてのデートを無事におえて帰宅して、寝室にむかう。

「ユリさんありがとう。上手くいったよ!」

「お前にしては上出来だ。今日は早く寝ろよ…」

笑顔で告げたお礼にユリさんは、すこし恥ずかしそうに答えた。

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何かをやりとげたほこらしい顔で男の子が寝ている。この子の8歳の誕生日に彼女のスイッチは入った。それからずっと見守ってきた。不器用だけど優しい子。

「間に合ってよかった。あなたにハートを教えられて良かった。強引なやり方だったけど…」

――自分には、ないモノだから強く惹かれる。

「心をとめないで下さいね、マスター。わたしを選んでくれてありがとう。そして名前をつけてくれて本当に……」

突如、丸い目のライトが強制的に点滅して彼女の意識は遠のいた。

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「おはようございます、マスター。今日も張り切っていきましょう!」

翌朝、

見慣れた小さなツインテールの女の子に、僕は違和感をおぼえた。

「君はだれ? ……」

声がふるえていた。胸が痛かった。心が脈打ってハートの鼓動がとまらない。

ユリちゃん、ユリさん……

僕の目から、説明することができない量の涙があふれだした。

『第2世代AIシステムへのアップグレードが完了。新時代の夜明け』

その日は、ただただ騒がしかった。

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涙が枯れたなら前を見るしかない。

ユリちゃんとユリさんが繋いでくれたハートマークが僕の中で点滅して教えてくれる。

――心を動かすことが生きて行くということ。

だから僕の心は止まらない。停めるわけにはいかないんだ。




気に入ってもらえたら嬉しいです✨