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『能力者温泉 チカラの湯』第3話:安治川口オサムのご不満

これまでのあらすじ

魔法少女が好きすぎてしんどい。

登場人物

天王寺トオル

主人公。ヘタレ浪人生。透視能力者。

森ノ宮マホミ

空から降ってきかけた魔法少女。

浴場から出てもう1時間くらいが経つというのに、僕はまだのぼせたままだ。湯船のせいではない、魔法使いの彼女のせいだ。   


休憩所には机も設置されているので、勉強に集中しようと意気込んでいたものの、どうにも彼女が頭から離れない。


空中で女湯の方角へと移動するのを見て、安心したようながっかりしたような気分になった。とりあえず無事だったということは周囲の人々の話を聞いて理解したが、どうやって着地したのか僕はよく知らない。


彼女に、会ってみたい。魔法使い系の能力者なら、ループ魔法学園とかに通っているのだろうか。ここから電車で1時間半と、通学するにはそこそこ遠いところだけど、空を飛んで通学する練習をしていたのだろうか。


三角帽がよく似合っていてかわいかったけど、他の帽子を被ったらどんな感じなのだろう。緑の瞳がキラキラしていたけど、間近で見つめられたら気絶するかもしれない。どんな声で、どんな性格なのだろう。


名前すら知らない彼女を、僕が見つけ出すのは困難だ。まだこのスーパー銭湯の中にいるのなら、偶然すれ違ったりしないだろうか。もう帰ってしまっただろうか。

……ぼんやりとしていたら、いつの間にか勝手に手が動いていて、気づけばノートの裏表紙に、箒に跨がって飛んでいる彼女のイラストを描いていた。高校時代は漫画研究会にいた僕は多少なりとも絵心がある。漫画家を夢見て雑誌に作品を投稿しようとしたこともあるが、萌え系4コママンガの模写ばかりしていたせいで男が全く描けないので挫折した。

ダメだ。全く勉強に身が入らない。今日はもう帰ろう。参考書とノートを片付け、僕はそそくさと休憩所を後にし、食事処を抜けたところにある出入り口へと向かおうとした。食事処……そういえば朝飯を食べていない。腹が減ったな。カレーを食べている人がいる。その人の向かいに座っているのは……ん?んん?

…………彼女だ。魔法使いの彼女だ。しかも、目が合った。エメラルドが僕の鼓動を貫いた。何を言っているのかわからないと思うが僕も何をされているのかわからなくて、気づいたら僕は走り出していた。

胸の鼓動がヒートアップ……、などと昭和のアイドルの歌みたいなフレーズが脳裏に浮かんだ頃には、僕は「チカラの湯」の隣にある「CHIKARAモール」のフードコートの机に突っ伏していた。

「ホラホラ、起きて起きて!」

だれかに肩を揺すられたのを感じて、僕は身を起こした。

「ここで寝られると清掃ができないんだよ。ちょっとごめんよ」

目の前には、両手が掃除機のノズルのようになっている男が立っていた。男はノズルを床に当てて、埃や塵を吸い込んだ。吸収系の能力者だ。

漫画やアニメでは敵役が持っていることが多く、エネルギーを飲み込んでしまうなどの派手なパフォーマンスが繰り広げられる能力だが、特に戦闘などしていないこの島では地味きわまりない。

彼もまた、自分が望まない能力を手にしてしまった者なのだろうか。

フードコートの牛丼屋で、いちばん安い牛飯を頼んだ。Pay決済ご利用で100円の割り引き。お金がない。アルバイトしないとなあ。でも勉強もしないとなあ。結局はどちらもしないまま、ダラダラと陽が暮れる。人生の目標というものを、そろそろ見つけなきゃ。そういえばモールの出入口に、清掃スタッフ募集の貼り紙があった。

スマホの画面に映された残高160円という現実を見て、とりあえず清掃のアルバイトに申し込むことを決意した。吸収系の能力者以外でもOKらしい。社員登用制度あり。

電話をかけて面接の予定を取り付けた僕は、コンビニの店頭の無料アルバイト求人誌を数冊もぎとり、履歴書を入手した。最近のこの手の冊子には、おまけに履歴書が付いてくるのだ。

どうして履歴書の住所欄というのはこうも狭いのだろうか。僕の家はマンションなので、建物名と号室まで記入すると欄外にはみ出しそうになってしまい、見映えがよろしくない。

志望動機……。そんなものはない。掃除すればいいんだろうから、覚えることが少なくて簡単そうだから……などと書くわけにはいかないなあ。普段からよく利用しているこのモールを美しく保ちたい、などと、なんだかそれっぽいことを書いておこう。たいして利用していないんだけど。

自己PR……。透視ができます、は、使えないな。絵が上手いです。女の子しか描けないし描かないけど。丁寧にひとつのことに集中するのが得意みたいなことをテキトーに書いておくか。

CHIKARAモールの清掃スタッフ募集の告知はこの無料求人誌にも載っていたが、かなり隅っこの方だった。

この手の求人広告は、前の方のページに目立つように載っているところほどブラックだという噂を聞いたことがある。前の方のページに大きく載せてもらえる企業は求人誌の常連客で、求人の常連というのはつまり、従業員がすぐに辞めるところだから、とのことだ。

CHIKARAモールの清掃のバイトはどうなのだろうか。……きつかったらすぐ辞めよ。カバンから参考書とノートを取り出して、勉強の続きをすることにした。……ん?

…………ノートが、ない。普通科社会学Ⅲのノートが、ない。ああそうか、きっと彼女と目が会って逃げた時に、うっかり落としたんだ。しまった。

仕方なくモール内の100円ショップで新しいノートを買って帰った。履歴書代を浮かせたはずが、結局は100円を使う羽目に。Pay残高69円。ちなみにこの島に消費税制度はない。

さて、家に帰ってきたので勉強だ。勉強。

魔法少女にうつつを抜かしている場合では……あああ、また無意識に彼女のイラストを描いてしまっていた。彼女は銭湯とかに行くのだろうか。彼女の湯上がり姿はどんな感じで……、シャワーとか……。あああ、ダメダメ、そんな刺激の強いイラストは……。

その日の夜には、ノートは彼女のイラスト集になっていました。うん、何とでも言ってくれ。明日から本気出す。今日は寝る。

吸収系の能力者・安治川口収(あじかわぐち おさむ)は、更衣室の大きめのロッカーを見つけて、両腕の先端から取り外した2つのノズルを入れた。

彼のノズルは着脱式なのだ。着けている間は良いが、外すと荷物になって仕方がない。仕事に行くとき以外は持ち歩かないようにしている。

今日の清掃も大変だった。だいたい、マナーの悪い人間が多すぎる。

コーヒーマシンの横にセルフのタオルがあるのだから、溢したなら軽く拭くぐらいのことはしろ。飲み干した紙コップを机の上に放置して帰るな。日本ではイートインの利用に税金がかかるだとか聞いたことがある。大不評な政策だそうだが、それくらいしないとマナー違反者は減らないのかもしれない。

このスーパー銭湯「チカラの湯」にしたってそうだ。長時間ずっと同じ位置に居座って騒ぐ学生の集団、水風呂に潜るおっさん、濡れたまま脱衣場に戻ってくるやつ。

汚れた身体を丁寧に洗いながら、大きく溜め息をつく。銭湯くらいしか楽しみがない。清掃業者として働く俺だって、まだ20歳の華々しい若者なのだ。遊びたいし恋だってしたい。パシャーッ!おいこら向かいの洗い場のやつ。シャワーの水がこっちにかかったぞ。気を付けろ。

湯上がりの帰り道は実に心地好いものだ。籠にノズルを突っ込んだ原チャを押しながら歩く。この時期の夜は暑すぎず寒すぎなくて良い。もう2ヶ月もすればクリスマスか。まあ俺には無縁な話だが。

見慣れたはずの帰り道も、いつものように原チャを飛ばしていると見過ごしている景色がたくさんある。確か何かの商店だったところがコンビニに変わっていたり、いつのまにか巨大なマンションが建っていたり。

塾や予備校の数も、以前に比べてかなり増えたように思う。自習室は無料解放。偏差値が底辺の工業高校で、当たり前に就職コースを俺とは正反対の世界だな。もう夜の10時を過ぎているというのに、小学生の群れも見かける。自分の能力にまだ希望を持っている年頃なのだろうか。

原チャを駐輪場に片付けて、アパートの1階にあるコンビニでストロングチューハイを3本とポテトチップスWコンソメパンチ味を買って、その夜はそれを飲み食いしながらテレビをぼんやりと眺めた。

画面には、新しく即位した王様の笑顔が大きく映し出されていた。王家の者に代々つたわる能力は錬金術。それも、等価交換ではなく無から金を産み出せる。しかしその能力は、国家のためにしか使ってはいけないとされる。

「俺も、金を産み出せたらなー!」

オサムは、そう喚いてベッドに飛び込んだ。目を閉じると一気に酔いが回り、知らないうちにけたたましい鼾をかいて寝落ちしていた。

夜のうちに、ストロングチューハイの缶が風で倒れて中身がこぼれた。朝になって気づいたが、面倒なので掃除はせずに仕事へと向かった。今日もまたゴミの吸収だ。やれやれ。

(つづく)

サウナはたのしい。