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研究室に入ったら学んで欲しいこと。

現在までに2年程、大学で教員として働いてきました。この記事を読んでいる方にとっては、私は「敵」のような存在かも知れません。そんな私ですが、この2年を振り返って、大学生に学んでほしいと感じた事項を、ここに記したいと思います。これから研究室に配属されて研究を頑張ろうという大学生の方の参考になりましたら幸いです。

※ 当方は薬学部(生物系)の教員ですので、どうしても理系(特にwetの生物系)の大学生・大学院生に向けての内容になってしまっております。あらかじめご了承ください。

0. はじめに

まず初めにお伝えしたいのは、ただ指示されるまま、与えられるままに研究室生活を送ってほしくない、ということです。有名な歌の歌詞に「おまえのオールをまかせるな」という言葉があるように、やっぱり、研究室生活も人生の一部です、他人に任せてしまうのはもったいないと思います(※教員が「おまえが消えて喜ぶ者」という意味では無いのであしからず)。

どうしたら自分で自分の人生の船を漕ぐことができるのでしょう。薄っぺらで安直な考えかもしれませんが、個人的には「目標」を持つことで、この点はある程度解決するのではないかと思っています。

では、どういう目標を持つべきでしょうか?私はよくTwi○○erなんかを見ているのですが、そこでは時折スーパーマンみたいな大学(院)生および元 大学(院)生(つまり現社会人)の方々が、「大学での研究生活はこうあるべき」みたいな発言をしていて、たくさん いいね や リツイート をもらっています。彼らの発言は明瞭快活で、わかりやすく、影響力もあり、それを目指そうとする気持ちはよくわかります。ただ忘れてはならないのは、彼らのほとんどはスーパーマンです。スーパーマンを目指すのは良いと思いますが、スーパーマンになれなくても自分を責めてはなりません。それで研究に挫折してしまっては元も子もありませんし、それで研究を嫌いになってしまうのであれば、私は悲しいです。

というわけで、今回は「一般的な」大学(院)生に、できればこれだけは出来て欲しい、これが出来ればとりあえず言うことはない、というレベルの話をしたいと思います。なので「こんな生易しい基準で博士を取ってもらっては困る」と感じる人もいると思いますが、その点はご了承ください。

最後まで読むのは大変と思うので、まずはその「目標」を表にします。

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それでは、大学生・修士・博士にわけて、もう少しわかりやすく説明していきたいと思います。

1. 大学生時代に目指してほしいこと

大学生として初めて研究室に所属して、これから始まる初めての研究生活にワクワクしている人もたくさんいるのではないかと思います。しかし、研究生活とは、それまでの講義主体の生活とは全く異なります。受動的な学習から、能動的な勉強に変わるからです。テストの成績が良い学生でも研究で上手くいかないことがあったり、逆にテストの成績が悪くても研究を上手くこなす学生もいます。それは、上のように、一見同じような学ぶ場に見えても、その特徴が全く異なるためです。

そのような中、大学生として何を目指すべきか。私は、とりあえず「研究」に慣れることをお勧めします。

研究とは、

・これまでわかっていることを知り
・いま解きたい疑問を理解し
・それを解くために実験して
・その結果を吟味する

というのが大まかな流れです。とにかく初めの1年で、この流れを感じれるようになることが大事だと思います。特にこの中で1番大事なのが、「これまでわかっていることを知」ることです。そのために何をするのか。そう、論文を読む、ということが大切になってきます。もちろん教科書に書いてあることも大事ですが、細かい専門的なことや最近の事情は、論文を読んだ方が早いためです。大学院生になって本格的に研究を始めてからは、分野によって読むべき量も違うでしょうし、たくさん読めばそれだけでOK、というわけでもないと思うので、人によって読む量が変わってくるかもしれません。ただ、はじめの1年くらいは、どの分野の研究を始めたとしても、まずはその分野を知ることが大事なので、個人によらず、これくらい読んだ方が良いと思っています。

それに加えて、できるだけ早く実験に慣れることも重要です。ポイントとしては、

・実験手順各操作は何を目的としているのか
・それぞれの溶液の成分の中で大事なものは何か
・他の似た実験と何が違うのか

このあたりを、できるだけ早く理解して、質問されたときに答えられるようになるととても良いと思います。これらの事項を自分が正しく理解できているのかは、翌年に自分の後輩に実験を教えるときに、実感することになります。後輩に実験手順を説明する中で、個人的な癖によるミス(入れ間違えしやすい、量を間違えやすい、など)ではなく、知識があると失敗しないミス(ゲノムがちぎれるからボルテックスをしてはいけない、など)をしっかり示すことができるようになっていれば、大丈夫と思います。

2. 大学院生(修士)時代に目指してほしいこと

大学生ではなく大学院生になりましたね。あなたは、その研究の専門家としてこれから頑張っていかなくてはなりません。文部科学省の「大学院設置基準」に、修士課程のことはこう書いてあります。

修士課程は、広い視野に立つて精深な学識を授け、専攻分野における研究能力又はこれに加えて高度の専門性が求められる職業を担うための卓越した能力を培うことを目的とする。

そう、卓越した能力を求められているのです。最近の理系の大学生は大多数が大学院に行くイメージがありますが、「何となく他人も行くから自分も大学院にとりあえず行ってみただけ」程度で過ごしてはならないのです(ちょっと厳しい言い方をすれば)。

とはいっても、2年で完璧に磨き上げられる人はそう多くないでしょう。ですので、私は、修士課程修了までに、少なくとも自分の研究についてちゃんと理解することを目標に頑張ればいいのではないか、と思います。

では、「自分が自分の研究についてちゃんと理解している」ということは、どのようにして知ればよいでしょうか?それは、研究をしていない一般の方(家族など)に自分の研究内容をちゃんと紹介できるかどうかで分かると思います。一部の研究成果はよく新聞に載りますが、あの時はとても平易な言葉で、しかし(そんなに)間違ったことが伝わらないように、上手く表現されています。それと同じように自分の研究内容について、平易な言葉でうまく表現できるように頑張ってみてください。やればわかりますが、これを成し遂げるには、研究の背景知識なども簡潔に平易に伝える必要があります。つまり、背景知識や自分の研究内容をしっかりと理解していないと、なかなか上手くいかないのです。逆に言えば、一般の方にうまく自分の研究を紹介できるならば、おそらく背景知識も自分の研究の目的も、自分の中でまとまっているということになるのではないでしょうか。本当は大学生の時にここまで達成して欲しい気持ちもありますが、最低限、大学院修士課程修了時には、このレベルまで達成すべきだと私は思います。

上にも書きましたが、修士課程の間に必要な読むべき論文数などは、分野や個人や読むもので変わるとは思うので、大学院以降は「論文数」という目標を上の表では定めてはいませんが、読まなくて良いという意味では決して無いので、どうぞご注意ください。

3. 大学院生(博士)時代に目指してほしいこと

いよいよ最終形態、博士課程の話です。先ほど同様、文部科学省の「大学院設置基準」を見てみますと、こう書いてあります。

博士課程は、専攻分野について、研究者として自立して研究活動を行い、又はその他の高度に専門的な業務に従事するに必要な高度の研究能力及びその基礎となる豊かな学識を養うことを目的とする。

修士課程の基準をおさらいしますと、これです。

修士課程は、広い視野に立つて精深な学識を授け、専攻分野における研究能力又はこれに加えて高度の専門性が求められる職業を担うための卓越した能力を培うことを目的とする。

一番大きく異なることは、博士課程には自立性を求めていることです。「自立性」とは一体何でしょうか?何の自立性を語るかによって、話が大きく変わりそうですので、今回は「研究の自立性」という意味でこの言葉を捉えようと思います。

研究の自立性とはやはり、自分で研究計画を立てて、それに必要な実験を組めて、実行できることです。実験を組むのは、修士までにやってきた実験経験があれば、おそらくある程度はできるのではないかと思います。一方、研究計画を立てる、というのは思っているよりも難しかったりします。日本学術振興会のDCなどを出そうとすると良くわかるのではないでしょうか?もちろん、誰も初めからあんな申請書を完璧には書けません。ですが、博士を修了するまでに、自分のやっている研究領域に関して、あの類の研究計画書を過不足なく書けるようになることは大事だと思います(DCに採用されるかどうかではなく、必要な情報が十分に示されていて、一方で不必要な情報が少なく、しっかり相手に内容の伝わる書類を書けているかどうか、という意味です)。実験技術の向上はもちろん大事ですが、博士号を取得するということは、実験スペシャリストの称号を得るということではないので、そういうより広い視野での研究能力も磨いてほしいと思います。

自分の分野にこだわらず、より広い分野で研究を自立して立案できる能力はどうでしょうか。これは測り難く、かつ習得しづらいものだと個人的には思いますが、この能力の差が良く表れることの一例として、学会やデータ報告や論文紹介などの場において「”気の利いた”質問」ができるかどうかということがあると、私は思います。”気の利いた”とは、何も忖度しろとか、相手の機嫌を取れとか、そういう意味ではありません。私の中での「”気の利いた”質問」とは、

1. 聞いた研究内容の論理的な流れを確認する質問
2. 聞いた研究内容の背景を双方で整理する質問
3. 聞いた研究内容を別の角度から見た質問
4. 聞いた研究内容を出発点として新たな可能性を提示する質問

です。個人的には、1.が一番簡単で、4.に行くほど難しいかな、と感じます。自分の分からないことを聞く行為が質問することではありますが、単純に自分の知識の補填や聞き逃しの再確認のためだけに質問するのではなく、双方にとって利益があるような質疑応答を交わせるよう、博士学生時代は努力してみると良いのではないでしょうか。

どうして「”気の利いた”質問」と研究を自立して立案できる能力が相関すると私が感じるのか。それは、こういう質問を考え相手に伝える過程の中で、研究を立案するのに必要不可欠な「基礎科学的な知識」「論理的推察力」「思考の伝達力」が試されるからです。はじめから「”気の利いた”質問」をすることは誰もできませんが、何度も「”気の利いた”質問」をしようとチャレンジすることで、これらの能力が培われて、自立した研究を行える立派な博士学生になるのではないかと私は思います。上に書いた研究計画書も、こういった「”気の利いた”質問」を自分の中で繰り返すことで、しっかりとしたものを書けるのではないかと思います。

博士学生にもう一つ求めるとすれば、やはり「英語力」だと思います。研究は日本国内だけに向けて発信するのではなく、世界に向けて発信するべきものですので、その手段として英語を使える能力は大事です。ただ単純に論文の英語を読める、論文の英語を書ける、というだけではなく、学術的な英語を聞ける・話せるということまで含めて、ある程度の能力を持っていた方が良いでしょう。こう書くと大変そうですが、大事なのは「論文の」英語を使えるかどうか、「学術的な」英語を使えるかどうか、です。ビジネス英語を勉強したり、日常会話や英語のスラングまで理解したりする必要はありません。発音も、確かにカタカナ英語は伝わらないかもしれませんが、何度か言い直して相手がわかってくれるのなら、そこまで完璧にする必要もありません。あくまでも学会のポスター会場で質疑応答をできる程度まで、頑張ってレベルを高めると良いと思います。悲観的にならず、何度も「間違った」英語を使って、間違いに気付き直し続けることで、英語力を高めてみてください。

博士を修了した人の一部は、実際に大学でポストを得たりするでしょう。そういう時にちゃんと研究面で自立できなければ、大変なことになります。アカデミア志向ではない人も、「私はアカデミアに行かないから関係ない」みたいに思わずに、たとえ企業に行ったとしても(研究をしないとしても)、プロジェクトを任されたりしたときに困らぬように、しっかりと博士課程在籍中に自己研鑽を積んでください。

4. 最後に

ここまでつらつらと書いてきましたが、読んでいただけた方、どうでしょうか?上に書いたことを、何も意識せずに達成できる人は、かなり少数(の超天才の人)だと思います。しかし、はじめからちゃんと意識しておけば、もちろん100%達成できるかはわかりませんが、70%くらいの達成率なら、届くのではないでしょうか?大学の単位認定も多くの場合100点満点中60点以上ですので、70%達成していればおおよそ良いと私は思います。それぐらいの気持ちで頑張ってください。上のことを読んでいて気付いた人もいるかもしれませんが、私は実験データの量については一切言及しませんでした。研究室で学ぶことにに必要なのはポジティブデータ量の多さではありません。ポジティブが出るかどうか、それがどれくらい早く出るかどうかは、テーマと実験系に依存するので、そういうことで他人と比較してはいけません。ポジティブデータが無いと学べないことというのは、研究で学ぶことの中にはほとんど無いと思います。実験を全くせずノーデータで過ごすのは論外ですが、たとえネガティブデータが多い研究テーマだったとしても、上に書いたことを心に留めて、そこから学べることを探して欲しいと思います。

もう一つ、大事なこととして覚えていて欲しいのは、研究生活はマラソンであって、短距離走ではないということです。短期間に徹夜までして実験してデータを出したのに上手くいかなくて悲しい、みたいなことが続くと、精神的にかなり苦しむと思います。ですので、そういうことはせず、心に余裕をもって、しかし毎日何かは進むように、日ごろの実験・研究を計画してみてください。これは教員によるでしょうが、私は、365日、研究だけに専念して、すべての休日もフルで研究のために潰す必要はないと思っています。ただ、論文のリバイス時や修士・博士論文提出前など、休日をフルで潰さねばならない時期はあるとは思うので、そういうときはメリハリをつけて頑張った方が良いです。

研究生活は色々な実体験も重なり、数多くのことを学べる場だと思いますので、ここに書いたことも参考にしつつ、色々と積極的に吸収して、是非人生の役に立ててくださいね。

それでは今回はこのあたりで。
読んでいただいてありがとうございました!

p.s.
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