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【読書感想文】人間は吹けば飛ぶような存在だけれども(1481字)

イギリスを代表する作家の一人、Iris Murdochの"Italian Girl"を読みました。私が読んだのはペンギンのペーパーバックです。主人公のエドモンドは、母の葬式に出席するために自分の家に帰ってきます。そこで暮らしていた兄夫婦や使用人たちと再会。葬儀が終わった後に、思いもかけないことが次々と分かって、彼は苦しむことになりました。

兄夫婦は共に不倫にのめり込んでおり、彼を慕ってくれる姪は妊娠していることが判明します。姪はまだ大学生であり、出産して子供を育てるのは難しい状態です。家族の死をきっかけに、それまで隠されていたことが明るみに出て、生きている人たちが驚くということは、起こりやすいことではないかと思います。その意味で、この小説はリアリティを感じました。

エドモンドは次々と起こることに打ちのめされて、呆然とするだけです。兄たちの家を出て、自分の家に帰りたいと思うのですが、肉親の情を感じることもあって、滞在を引き延ばします。暗く重たい話で、読んでいると気が滅入ってくるのですが、劇的な展開なのでついついページを捲りたくなりました。

結末の直前に至るまで救いはありません。こんな展開は、他のイギリスの小説でも見られます。日本の小説だったら、主人公が故郷の自然に癒されるといった場面が出てきて、救いを感じることがあるかもしれません。

イギリスの小説は、人間同士のつながりや衝突、葛藤を中心に描かれることが多いです。社会の中で生きていかなければならない人間を、中心に描かれます。代表的な作家オースティンやディケンズは、そんな小説を書いています。さまざま人間たちの描写を通して、イギリスの社会が浮かび上がってくる点に、私は魅力を感じます。

マードックの小説は、イギリスの小説の小説の伝統に沿ったものであることが分かります。ここで描かれているのは社会の最小の単位である家族です。ただ、この小説の結末には、新しい要素が感じられました。

ここでエドモンドは、初めて自分から行動を起こします。彼の乳母をイタリアに連れていくことにしました。イタリアは乳母の故郷です。打ちのめされた人間が、主体的に行動するようになる結末には救いを感じます。この部分は実存主義的だと思いました。マードックは哲学の研究者でもあり、サルトルについて書いた本を出版しています。

サルトルの実存主義は、人間を頼りない存在として考えます。言い換えれば、吹けば飛ぶような存在であるとみなします。否定的な見方ですが、逆から言えば、人間は自由です。キリスト教の神のような存在に束縛されることはありません。偶然のようにして地上に生まれてきた存在なので、自分の行動に責任を持ち、自分の判断と責任で生きていくことができる存在とみなします。

結末のエドモンドの行動には、このような実存主義的な考えた方が反映されている気がします。エドモンドは苦しんで、自分が無力であることを思い知らされた上で、自分から行動できるようになったのです。

哲学書は難解で読んでいると頭が痛くなることもありますが、小説だったら読みやすくて、登場人物に感情移入しながら自分の人生について考えることができます。

上記に実存主義について偉そうに書いていますが、サルトルなどの哲学書は難解すぎて、読めませんでした。でも彼の小説や戯曲を読んで、実存主義の輪郭をつかめるようになりました。マードックの小説も小説本来の面白さを感じさせてくれると同時に、人間の生き方を改めて考えてみるきっかけになります。

(私が読んだペーパーバックです。地元の古本屋で300円でした)





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