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プラプラ堂店主のひとりごと㊳

〜古い道具たちと、ときどきプラスチックのはなし〜

なくした手袋のはなし

 もうすぐ4月。札幌はすっかり暖かくなってきた。東京では満開の桜の便り。今年は札幌でも桜の開花は早い予想。楽しみだな。道路の脇に山になっていた雪も、ずいぶんと小さくなった。この時期の残り雪は黒く、道路はべちゃべちゃできたない。春はうれしいけど、ぼくはなんとなく、この残り雪を見るといやな気分になってしまう。それは、ただ、道路や雪がきたないからと思っていた。でも、つい先日思い出したことがある。手袋のことだ。

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 小学生の頃。母が手袋を編んでくれた。一緒に毛糸も買いに行った。札幌にある「カナリヤ」という手芸専門の店。たくさんの毛糸が売り場いっぱいに並んでいた。色とりどりの毛糸を見ながら、母がぼくに聞いた。

「何色がいい?」

「えーと、黄色とぉ、それから、この水色!」

 母はその毛糸を買って、黄色と水色のしましまの手袋を編んでくれた。ミトン手袋。北海道では、ぼっこ手袋っていうんだ。たまご色に近いうすい黄色と、うすい水色のしましまの手袋。ぼくは大喜びで、その手袋をつけて遊びに行った。外は雪が積もったばかりだった。あったかくて嬉しくて。ぼくは、何度も手を空にかざして手袋を見た。公園で友達に会った。一緒に遊んだ。そこへ犬がやってきた。どこかの飼い犬だろう。首輪をつけていた。どうしてそんなことをしたのか、今となってはわからない。ぼくは、その犬をおんぶしようとした。犬は嫌がった。でも、ぼくは無理やりおんぶした。犬は背中から飛び降りて、ぼくの手を噛んだ。気がついたら、片方の手袋はなくなっていた。ぼくは大声で泣きながら家に帰った。友達はどうしたのか。噛まれた怪我はどうだったのか。手袋のことで母はなんと言ったのか。全く覚えていない。

 その冬が終わり、春になり雪解けの時。黒い雪の中に、あの手袋を見つけた。うす汚れて破れて、ボロボロになっていた。

 今思い出しても、胸が重くなる。一度しか着けられなかった手袋。

でも、今だにぼくにとって一番すてきな手袋は、あの手袋なんだ。

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