「ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー」と「スター・ウォーズ」


2014年に公開され世界的大ヒットを記録し、今年2017年に待望の続編が公開されたスペースオペラの傑作『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』
この作品の面白さや素晴らしさを語るには、先に「スター・ウォーズ」について語らなければなりません。

スター・ウォーズについて

世界中に多くのファンを持つ「スター・ウォーズ」シリーズ。

1977年公開の「エピソード4/新たなる希望」は世界に衝撃を与えます。
その後、80年公開の「エピソード5/帝国の逆襲」、83年公開の「エピソード6/ジェダイの帰還(復讐)」のいわゆるオリジナル・トリロジー(旧三部作)は公開される度に世界を熱狂させ、99年~2005年に公開されたエピソード1~3のプリクエル・トリロジー(新三部作)、さらには生みの親ジョージ・ルーカスの手を離れ、ディズニーによって公開された2015年の「エピソード7/フォースの覚醒」から続く予定のシークエル・トリロジー(続三部作)、エピソード4の前日譚「ローグ・ワン」と、スターウォーズは新作が公開される度に世界中に注目を集めるビッグネームです。

その始まりとなった「エピソード4/新たなる希望」公開時の衝撃や熱狂を今の若い人たちに説明するのはとても難しいんですが、単にメガヒット映画というだけでなく、「スター・ウォーズ」は世界中を巻き込んだ、ある種の「事件」とも言える現象だったのですね。

では、スター・ウォーズがなぜそこまで当時の観客の心を掴んだのか。
当時の暗い世相とテレビが台頭する中、それまでの明るく楽しいハリウッド映画から観客の心は離れていきます。
そんな1960~70年代にかけて、反体制のアナーキーな若者像を描く「アメリカン・ニューシネマ」というムーブメントが起こり、それらの作品群は若者たちを中心に支持されます。

そんな「アメリカン・ニューシネマ」を終わらせたと言われている二本の作品が、シルベスタ・スタローンの代表作「ロッキー」とジョージ・ルーカスの「スターウォーズ4/新たなる希望」なのです。

制作・監督のジョージ・ルーカスは、低予算の子供だましの映画と言われてきたスペースオペラ(宇宙を舞台にした騎士道物語的な宇宙活劇)に莫大な予算をかけ、様々な特撮技術を駆使して映像にリアリティーを持たせました。

また、映画音楽の第一人者ジョン・ウィリアムズによる、荘厳なオーケストラ演奏であのオープニングテーマを始めとした荘厳なBGM、ラルフ・マクォーリーによる先進的なメカデザインなどなど、ざっくり言えば、それまで誰も見たことのない“クールな映画”だったのです。

こうして世界中に衝撃を与えたスター・ウォーズシリーズは、他の追随を許さないカルト的スペースオペラシリーズとなりました。
しかし、このメガヒットにより、スペースオペラ=スター・ウォーズとなってしまったのは、映画界にとっては不幸だったのかもしれません。
これはある種スター・ウォーズの呪いでもあり、以降に製作されたスペースオペラ作品でスター・ウォーズを超えるモノを僕は知りませんし、すべての作品はスター・ウォーズのパロディーか、影響下にある作品になってしまったのです。

つまり、スペースオペラ映画を作るという事は否応なく、スター・ウォーズと比べられる。もしくは「スター・ウォーズっぽい」作品になるという呪縛から抜け出せなくなってしまったんですね。

ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー

しかし、2014年。
ついに長年の「スター・ウォーズの呪縛」を打ち破る一本の映画が公開されます。マーベルスタジオ制作の5人のはぐれ者が銀河を救うという物語。
『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』(以後GotG)です。

本作は大手アメコミ出版社の「マーベルコミック」に登場するヒーローチームで、映画もマーベルコミックのヒーローたちがひとつの世界観で共闘するシリーズ『マーベル・シネマティック・ユニバース』の中の一作として制作・公開されました。

とはいえ、GotGはマーベルコミックの中でも非常にマイナーな作品。
しかも、監督はトロマ・エンターテインメントというB級映画専門会社出身で、一部映画ファンには名が知られていたものの、それまでビッグバジェットの大作とは縁のなかったジェームズ・ガン。
いわば、無名の監督による無名のヒーロー映画ということで、(マーベルの新作ということ以外)公開前はファンにすらまったく期待されていなかった作品でした。

しかし、いざ蓋を開けてみればGotGはマーベル映画に留まらず、「スター・ウォーズ」とも肩を並べるスペースオペラとして映画史に名を残す名作だったのです。

ストーリー

1988年、主人公ピーター・クイル少年が母親をなくす所から物語始まります。
末期ガンで今にも命の火が消えそうな母の死を受け入れられないピーターは、非常に悔いの残る形で母親と別れることになってしまいます。
残されたのは、ピーターへの誕生日プレゼントの袋だけ。
悲しみにくれたピーター少年泣きながらが病院から飛び出したその時、彼の頭上に巨大なUFOが現れ、彼はそのUFOにさらわれてしまうのです。

そして時間は一気に進み26年後、荒廃した星に一人の男が現れます。
革のロングコートに仮面をつけたその男こそ、成長したピーター・クイルなんですね。
彼は、自分をさらった盗賊ヨンドゥ率いるラヴェジャーズの一員として成長。
そして、ラヴェジャーズを裏切って一人で「オーブ」を探し出し、抜け駆けして売り払おうとしているわけです。

そこに、同じくオーブを狙うクリー人ロナンの部下がやってきてピーターは襲われるも、すんでのところで彼は脱出に成功。ロナンとヨンドゥから狙われる賞金首になってしまいます。
そんなピーターはロナンの部下ガモーラと、賞金稼ぎの遺伝子改造されたアライグマのロケット、その相棒で木のヒューマノイドのグルートに狙われ、すったもんだの挙句に刑務所にぶち込まれ、そこでロナンに家族を殺された戦士ドラックスと出会い、紆余曲折を経てチームとなりロナンを倒し銀河を救う―ーというのが本作の流れです。

「スター・ウォーズ」へのカウンター

なぜ、この作品があの「スター・ウォーズ」と並ぶ名作なのかといえば、「スター・ウォーズ」が「アメリカンニューシネマ」へのカウンターだったように、本作が「スターウォーズ」へのカウンターになっているからではないかと思います。

例えばスター・ウォーズで描かれる宇宙は、暗く無機質です。
これは、科学的検証を重ねて宇宙空間をリアルに表現し、その中にメカやキャラクターなどを配置することで、スター・ウォーズというファンタジー世界にリアリティーを与えたからです。

しかし、GotGで描かれる宇宙は非常に有機的でカラフルです。
70年代的レトロフューチャーでカラフルな宇宙空間・惑星や宇宙人のデザインとクリス・フォスによる有機的で鮮やかなメカデザイン、、僕の年代にとっては懐かしくて新しい、もっと若い世代にとっては初めて見る新鮮な世界観になっているのではないかと思います。

これは、GotGの監督に決まったジェームズ・ガンが、アレハンドロ・ホドロフスキー監督が描こうとして頓挫した幻の作品「デューン」のコンセプトアートをマーベルスタジオに見せて、「この世界感で行きたい」と言ったんだそうですね。そして、「デューン」のコンセプトアートを担当し、現在は半ば引退状態だったクリスフォスを招聘して、この世界感を見事作り上げてみせたのです。

さらに、本作の主人公たちは全員がアウトローです。
ピーターは盗賊団の一員だし、ガモーラは最初本作の敵ロナン側の人間で、しかも『マーベル・シネマティック・ユニバース』のラスボス、サノスに両親を殺さたうえ養女として暗殺術を仕込まれています。
アライグマの賞金稼ぎロケットは、(劇中ハッキリとは語られませんが)自分の意に反して何者か(もしくは組織)に遺伝子改造をされたらしく、ドラックスはロナンに家族を殺され復讐を誓う男です。
唯一、ロケットの相棒グルートの背景が分かりませんが、チームをつなぎ止めるムードメーカー兼コメディーリリーフ的な役どころ。

最初は反発し合っていた無名の彼らが、行きがかり上行動を共にするうち、次第に真のチームになって銀河の危機を救うという「負け犬たちの逆転劇」でもあり、孤独な主人公たちの「擬似家族もの」でもあります。

メンバーはそれぞれが壮絶な過去のトラウマ抱えているわけですが、それをセリフで長々告白したりグジグジ深刻に悩んでみせたりはあまりせずに、むしろ「コイツラ何も考えてないんじゃないか?」と思わせるほど、カラッとしています。つまり、みんな大人なのです。
だからこそ、たまに彼らが弱みを見せるシーンには、余計にグッときてしまうんですね。

さらにそんな彼らが噛み合わずにドタバタする様子を、オフビートな笑いを混ぜながらコメディーチックに、でも決めるときは決めるカッコ良さと並列で見せる演出は抜けが良くて、とても現代的だなーと思います。

音楽について

音楽の使い方もこの映画の特徴です。
「スター・ウォーズ」は、作品に荘厳なオーケストラのBGMを付けることが、当時はむしろ新しい感じだったわけですが、本作では 1970~80年代のヒット曲が多く使われています。
作品用に作曲された曲ではなく、既存のヒット曲を使う手法はクエンティン・タランティーノ的とも言えるかもですが、本作での音楽の選曲や使い方は少し違います。

タランティーノの場合、選曲自体は知る人ぞ知る曲だったり、映画のサントラなんかを思いもよらぬシーンに合わせるのがカッコイイ、DJリミックス的な使い方をしますが、本作で使われる曲はもっとメジャーで耳馴染みのある、何なら少しダサいくらいベタなポップス。
そして、曲の歌詞が映画のシーンやキャラの心情に呼応するような使い方をしているんですね。

普段洋楽を聞かない人でも、聞けば「あ、なんとなく聞き覚えがある」という選曲は、自然と作品への没入感を深め、観客の気分を上げてくれます。
一方でタイラー・ベイツによるオリジナルの曲はオーケストラでジョン・ウィリアム風な楽曲があったりするのもメリハリが利いていて素晴らしいと思うし、ジェームズ・ガン監督が意識的に「スター・ウォーズ」へのカウンターとして本作を製作している事の証明でもあると思います。

あと、本作で使用されるポップスはヒット曲だけどナンバー1ヒットってわけではなく、ベスト10圏内くらいの曲ばかりってのも、キャラクターの立場や立ち位置に合わせているという気の利いた演出になってるし、それらの曲は亡き母親が青春時代に好きだった曲を録音した、カセットテープに入っているマイベストソングなんですよね。

両作の共通点

一方で「スター・ウォーズ」と共通する部分もあります。
例えば、何者でもなかったキャラクターたちが劇中で成長し銀河を救う英雄になっていく成長譚であったり、121分という時間(「スター・ウォーズ4/新たなる希望」の初公開バージョンと同じ)、レトロフューチャーな作りにすることが逆に新鮮なセンスとか。

しかし、両作の一番の共通点は「正しさの肯定」じゃないかと思います。
「アメリカンニューシネマ」の流れで作られた作品の多くは、ものすごくざっくり言えば「それまで大人が言ってたことは全部嘘だった」ことに絶望し、道を踏み外し反抗する若者たちの物語で、反権力的な作品が多かったわけですが、「スター・ウォーズ」は「正しさ」を肯定し、メインキャラクターたちは正義を成すために戦います。
そうした「正しさの肯定」が、「アメリカンニューシネマ」の暗い流れに飽きてきていた若者たちにとっては新鮮だったと思うし、求められていたんだと思うんですよね。

一方で「ガーディアンズ~」の方はと言えば、クリストファー・ノーランの「バットマン/ダークナイトシリーズ」に代表される、主人公が「正義とは何か」にグジグジ悩む『リアル志向』のヒーロー映画全盛の時代に、「正しさの肯定」を抜けのいい冒険活劇として見せたことが、多くの観客に支持されました。

ただ、監督のジェームズ・ガンはただ『正しい』だけじゃなくて、辛い過去を経てアウトローとして生きる、いわばアメリカン・ニューシネマ的な立場の連中を主人公に据えました。
そんな彼らが紆余曲折の末に「正しい行い」のために戦うところが現代的だったし、それは「スター・ウォーズ」のカウンターであると同時に、ある意味ではアップデート版にもなってるんじゃないかと思うんですね。

ジェームズ・ガンは、「スター・ウォーズ」の骨子はそのままに、長い時間の間に時代に合わなくなった部分を現代風に返ることで、「スター・ウォーズ」という厚い殻を打ち破ったのだと思います。

で、こんな風に書くと、「じゃぁ、そうした映画の歴史や文脈を知らないと楽しめないのか」と思われるかもですがそんな事はなくて、一本のエンターテイメント映画として、楽しくて、ワクワクして、かっこよくて、感動する、超面白い作品で、ここに書いているような事は、別に知らなくてもいい「余白」の部分です。

なので、まずは手ぶらで『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』を是非観て欲しいです。
そして、もし気に入ったら続編「ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー/リミックス」も是非!

作品基本情報

監督ジェームズ・ガン
脚本ジェームズ・ガン
ニコール・パールマン
原作ダン・アブネット
アンディ・ランニング

キャスト
クリス・プラット
ゾーイ・サルダナ
デイヴ・バウティスタ
ブラッドリー・クーパー
ヴィン・ディーゼル
リー・ペイス
マイケル・ルーカー
カレン・ギラン
ジャイモン・フンスー
ジョン・C・ライリー
グレン・クローズ
ベニチオ・デル・トロ

上映時間122分

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