表紙

雪虫の舞う季節に

ぷらすです。
モノカキ★プロジェクトの同人誌「水銀灯vol.2」が無事発刊されたということで、僕が前号で書いた小説をアップしますよー。
一応近未来SF? のつもりで書いたんですが、SF感ゼロの仕上がりになってしまいました。(〃ω〃)>
読んで頂けたら嬉しいです。

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■ sideA

「今朝も寒いね」
 おはようよりも先に、彼女が言う。
「ホントだな。いっそ雪が積もっちまえば暖かくなるのにな」
 僕も彼女の言葉に応える。

 そもそも冬の北国では、気象の話題が挨拶のようなものなのだ。
「おはよう」より先に「今日は寒いね」「今日は少し暖かいね」「今日は雪が多くて参るね」と、その朝の気温や降雪の話題を優先する北国コミュニケーション。

 十一月初旬。季節は急速に秋から冬へと移り、日々北国の大地に蓄えられた熱を奪っていく。そして、大地が熱を失うと空から落ちる雪が溶けずに積もる。
 そうして街中が雪で覆われてしまった方が、気温は低くても寒さは幾分和らぐような気がするのだ。

 むしろ初冬の、雪が降り積もるまでのほんの短い期間の方が、北国の人間には寒さが堪えるのだから不思議なものだ。
 多分、大地と同じように僕らの体に蓄積された夏の熱を、徐々に寒風に奪われてゆくことで冬の寒さに耐えられる身体になっていくんだろう。

「早く雪が積もらないかな」
と、グルグル巻きのマフラーに顔を潜り込ませる彼女。
「まぁ、積もったら積もったで、今度は雪かきに追われて大変なんだけどな」

 北国の中でも、風の強い平野や海岸沿いの街はそれほど雪が積もらないのだと聞く。
 けれど、四方を山に囲まれた盆地であるこの町は、夏暑く冬寒く、そして降雪量が多い。
 まぁ、同じ北国でもベタ雪の東北に比べれば気温が低い分、サラサラのパウダースノーが降り積もるこの街は、それでも雪かきは楽なのかもしれないけれど。

 僕と彼女は、そんな風に何年も何年も、まるでコピペしたような会話で間を持たせながら、三年前までは通学路を、今は通勤路を歩く。

 同じ町内で生まれ、育ち、同じ小学校、同じ中学校、今も同じ職場に通ういわゆる幼馴染みだ。

 一年違いでこの世に生を受けて以来、赤ん坊の頃から身近にいる家族以外の異性。けれど兄妹同然に育った家族未満の彼女。恐らく彼女も僕に対して同じ気持ちだろう。
 僕にとって彼女は妹のようなものだし、彼女にとって僕は兄のような、時には弟のような存在なのだと思う。

 進みに進んだ少子高齢化によって住民の八十%以上が還暦を超えたこの街は、今や街そのものが寿命を迎えようとしている。
 八十歳を超える母親を六十歳を超える息子や娘が面倒見る老々介護、規模が縮小し必要最低限しか整備されないインフラ。僕たちが歩いているこの道路だってアチコチにひび割れや大小の穴が空いて、夏はその亀裂から背の高い雑草が伸び放題だ。

 都会の方は、まだギリギリ街の体裁を保っているけれど、それもあと何年続くか分からないと偉い人が言っていたとかいないとか。
 つまりはこの国、いや、この世界全体がゆるやかに終焉へと向かっているわけだ。

 隣の田中さん(御年八五歳)は「まさかこんな形で世界が滅びるなんてなぁ」と、会うたび感慨深げに語る。昔は誰もが世界は核戦争や天変地異で滅びるものだと思っていたと。

 そんな、終末世界に生まれた僕と彼女は、この街で最後の十代なのだ。
 小中学校だって一応「学校」と呼んではいたけど、生徒は僕と彼女の二人きりだし、先生は高齢で農作業をリタイアした近所のおじいさんやおばあさんだったから、学校というより「塾」や「寺子屋」の方がニュアンス的には正しいんだろう。

 まぁ、そんなこんなで子供時代を卒業して“大人“の仲間入りをした僕らの仕事は、夏は自分たちが食べる分の農作業や狩猟がメイン。
 農閑期の冬は、これまでお世話になった高齢者に変わりがないかを見回りるのが仕事なのだ。

 けれど、そんなこの街も仕事も人も、僕は嫌じゃない。
 終わりに向かう街中を包むのんびりしたリズムに、人で溢れかえっていた頃より近しくなった人との距離。
 一昔前は、テロだの犯罪だの戦争だので沢山の人が理不尽に死んでいったと教わったけれど、そんな目にあうくらいなら、寒気に熱を奪われて草木が枯れていくように、動物が天寿を全うするように、ゆっくりのんびり衰退して滅びていく方がずっといいじゃないかと思う。

「うぅ、今日は本当に寒いよ」
 誰に言うでもなく彼女がひとりごちる。
「佐藤さん家に行けば、温かい甘酒をご馳走してもらえるよ」
 僕は、彼女の独り言にそう応えた。

 ■ sideB

 結論から言うと、私たちが佐藤さんの家で甘酒をご馳走になることは出来なかった。
 佐藤さんの家の前には救急車が止まっていて、担架で運ばれた佐藤さんはそのまま、病院で眠るように亡くなってしまったから。
 いわゆる独居老人だった佐藤さんのお葬式は町内会で執り行い、弔問に訪れた人たちはみんな口々に「大往生だ」と言った。

 八十九歳という年齢から考えれば、きっとその通りなんだろう。
 特に病気というわけでもなく、寒気に熱を吸い取られて枯れていく植物のように、佐藤さんは眠ったまま亡くなった。天寿を全うしたのだ。

 街で最後の十代である私と彼は、一番下っ端の大人として先輩たちに指導を受けながら、弔問客の出迎え見送り、送迎、お香典の会計など、てんやわんやの大忙しで、子供の頃からお世話になった佐藤さんの急去を悲しむ暇もなく動き回り、斎場でのお別れの時に少しだけ泣いた。

 そうして街から人が一人減った分、今年は何だかいつもより寒さが染みるような気がする。

「うぅ、今日はいつも以上に寒い……」
 私の挨拶がわりの愚痴に、彼は「そうだなー」といつも通りに答える。
「いよいよ雪が降るのかもしれないな」
「もういっそ、早く降って欲しいよ」
「まぁな。もう冬支度も終わったし、あとは雪が降るのを待つばかりだ」

 そんないつも通りの会話をしながら並んで歩いていると、ふと、目の端にチラチラと白いものが映った。

「あれ、雪?」
 確かに、いつ初雪が降ってもおかしくないけれど。
 そう思って視線をやると、寒風の中、白い小さな塊がふわふわと舞っている。
 でも、風が止んでも地面に落ちる気配はなく、それはいつまでもふわふわと空中を舞っていた。
「お、雪虫だな」
 彼は、私の視線の先を追いかけてそう言った。

 体中に真っ白な綿毛をまとった小さな雪虫は、雪の降る前の今の時期に成虫になって、ほんの少しの間だけ寒風の中を飛び回ることから、北国では初雪を知らせる虫だと言われている。

「雪虫が飛んでるって事は、もうすぐ初雪が降るな」
 そう言って彼は、私に聞こえるか聞こえないかくらいの声で、歌い始める。

雪やこんこん、あられやこんこん。

「それ、間違えてるよ」
 私の指摘に、彼は驚いたような顔をする。間違いを指摘されたことより、何気なく声に出した歌を聞かれていたことの方に驚いたのかもしれない。
 普段あまり物事に動じない彼が、珍しく耳まで赤くなっていたから。

「え、雪や“こんこん“だろ?」
 何かを誤魔化そうとするように、彼が言う。
「違う違う。雪や“こんこ“だよ。『おいで』で意味の『来んこ』
 私、子供のときに佐藤さんに教えてもらったもん」

 そう、私がまだ小さかったときに「雪やこんこん」と歌っていたら、通りかかった佐藤さんが教えてくれたのだ。

「違う違う、「こんこん」じゃなくて「来んこ」だ。雪さんもっといっぱい降ってくださいって意味だな」

 不意に、佐藤さんの優しい声が脳裏に蘇る。声だけじゃなく、皺くちゃな佐藤さんの笑顔や、頭に乗せられた手のひらの温かい感触、佐藤さんの家でご馳走になった、生姜の効いたほんのり甘い甘酒の味。
 どれもこれも何てことない思い出の数々が、今、目の前にあるみたいにハッキリと。

「うわっ! お前何で泣いてるんだ?」
「え? あれ?」
 突然心の中に満ち溢れた佐藤さんとの思い出に押し出されるみたいに、自分でも気づかないうちに私の両目から涙が溢れていた。そして彼に言われて、自分が泣いていることに一回気づくと、体中に溜まった“何か”が止まらなくなって、私は子供みたいに声を上げてわんわん泣いた。

 そんな私に彼は戸惑いながら、小さかった私が泣き出した時にしてくれたみたいに、ぎゅっと抱きしめて、私が落ち着くまで背中をポンポンと叩いてくれる。
 彼のダウンコートも、私のお気に入りのマフラーも、涙と鼻水でぐちゃぐちゃになったけれど、ぎゅっと押しつぶされた羽毛の向こうから彼の体温と、ちょっぴり早い心臓の音が伝わってきて、私は何だか、とても安心した。

 ■sideA

 佐藤さんが亡くなって、一年が過ぎた。
 街を覆った雪は春の息吹と共に水になり、畑や田んぼをを潤す。そして北国の短い夏が足早に通り過ぎると、木々は色づき、冬支度に追われるうちにあっという間に葉が落ちて裸ん坊になってしまう。

 目まぐるしく変わっていく季節の中、僕と彼女は恋をした。
 赤ん坊の頃からずっと隣にいた妹のような彼女が、僕の中でどんどん大きくなっていく。それまでは何とも思わなかったのに、手や指先が触れただけで心臓がドキドキして、それまで気にもとめなかった彼女の長いまつ毛や、小さくて柔らかい唇に視線が行って、彼女のちょっとした一言や表情に一喜一憂する。

 そんな日々を繰り返すうち、『家族未満』の僕らはいつの間にか『恋人』になった。

 たった一年とは思えない、濃縮された毎日。

 そして佐藤さんの一周忌を終えるのを待って、雪の降り積もる中、僕と彼女は正式に『家族』になったのだ。

 ■sideB

 私の十代最後の年。
 私と彼が『家族』になってから、二回の四季が通り過ぎて、また寒さが堪える季節がやってきた。

 佐藤さんが亡くなって、私が泣いて、彼との恋が始まったほんの短い秋と冬の隙間の季節。

「しゃむいー」
 今年二歳になる息子が、私にしがみついて言う。
 順調に増えていく体重で、息子を抱える腕が少しだるい。
「雪が積もっちゃえば、少しだけ寒くなくなるよ」
 寒がりなのは、きっと私に似たんだろう。
 何度もこの短い寒さを乗り越えて、きっとこの子は北国の子供になっていくのだ。

「あ―、ゆーきー!」
 腕の中の息子が声を上げる。でも、まだ雪が降るには、いくらなんでも少し早い。
 そう思いながら息子の指差す方に目をやると、寒風に舞うように白い綿雪が飛んでいる。でも、風が止んでも綿雪は一向に地面に落ちていかずに、ふわりふわりと空中を舞っていた。

「あれは雪じゃなくて、雪虫だよ」
「ゆきむし?」
 息子は初めて聞く言葉に首を傾げる。
「そう、雪そっくりの虫さん。『もうすぐ雪が降りますよ』って教えるために飛んでくるんだよ」

「ゆーきやこんこ あーられやこんこ」
 初めて見た雪虫に興奮したのか、私に抱えられたまま息子が大きな声で歌い始める。
 「こんこん」ではなく、ちゃんんと「こんこ」と歌う。
 私が佐藤さんに教わった正しい歌詞を、この子に教えてあげたから。
 そしてきっと、この子が大人になったとき、歌詞を間違えて歌っている誰かに正しい歌詞を教えてあげるのかもしれない。 

「『こんこん』じゃなくて『来んこ』だよ。雪さんもっと降ってくださいって意味だよ」と。

おわり


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