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電車の音が聞こえる街に、暮らしている。

暮らす街では、いつもかすかに電車の音が聞こえる。

坂道と電車の音が好きな私には、それがとてもうれしい。

私の住む家まで、その音は届く。
映画で背景音として使われるぐらいの大きさだから、暮らしのBGMにはぴったりだ。

日が高いうちは生活音にまぎれてしまうけれど、夜はまるで違う。

電車の音が家の奥深くまで入ってくるから。なんなら私の心にも。


夫より眠るのが遅いから、夜は一人の時間を過ごしている。

時々すべての電気と音を消し、窓のそばで耳を澄ます。

ごとんごとん、ごとんごとん。
時折ピーっという高い音が、鈍さの中に混じる。

ガラスの向こうに、走り去る電車が見える。
暗い中に車窓の明かりが光り、たなびきながら去っていく。

その姿は暖かいのに淋しくて、ついつい胸が締めつけられる

「郷愁」という言葉が浮かぶのはどうしてだろう。
今いるこの場所こそが私の故郷なのだから、まったくおかしな話じゃないか。


時々、ベランダに出て電車を眺めている。
ここは住宅街だから、他の音はほとんど聞こえない。

そんな時、「どうか幸せに」と願っている自分がいる。

誰のことも知らないのに。会ったこともないのに

中には辛くてたまらない人もいるだろう。
吊り革を捕んでいるのがやっとのような。

すごく嫌なやつもいるだろうし、行く先が暖かい場所とは限らないのもわかっている。

それでもやっぱり、思ってしまう。

「どうか幸せに」

すべてがうまくいきますように。
あの子の願いが叶いますように。
今夜は痛いことがありませんように。

遠くの人も近くの人も、行く先に光がありますように。


部屋に戻って窓を閉めて、ベッドに入って目を瞑る。

暗い闇の中で耳をすませば、かすかに聞こえる電車の音。

いつまでも、いつまでも。
わたしが眠りに落ちるまで。





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