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一重と二重と年齢の話

同級生にギャルがいた。
身長が高くて体格も目も細いその少女は、いつも授業そっちのけで鏡を見つめる典型的な不良少女。
彼女と話したことはほとんどない。
どちらと言うまでもなく真面目で通っていた私は、間違いなく彼女とは対極の位置にいた。
そんな接点も何もない同級生のことを、最近は鏡を見るたびに思い出す。

その日も彼女はいつものように授業そっちのけで鏡を見つめていた。
自宅で施してきたアイプチが上手くいかず、気に入った形の二重にならなかったらしい。
ぶすくれた表情で鏡をじっと睨み付けていた。
私からすれば一重だろうと二重だろうと、彼女が綺麗な子であることに変わりはなかったけれど、彼女の中ではそうではない。
ぱっちりとした二重の瞳を手に入れることが、一重の少女には目下授業よりも重要な課題である。
美の追究に余念の無い彼女を前に「美人でいるのも大変だなぁ……」と、美意識の低い私は他人事のように感じていた。

そしてそう思ったのは、私の担任も同じであったらしい。
「私は年に二回しか美容院に行かない!」と豪語していたその担任。
長いポニーテールを青いシュシュで纏め、いつだって化粧っ気はない。
日差しを浴びる部活の顧問をしていたせいで顔中シミだらけだったけれど、溌剌としたその姿はいつだって輝いていた。
そんな彼女が、鏡を見つめる少女を見て大声で言った。

「あんたねぇ、年を取ったら瞼に皺ができて誰でも二重になるんだから。気にすんじゃないわよ!」

この一言に少女は当然ブーブーと文句を言った。
先生は分かってない、私は今二重になりたい――と子どものように駄々を捏ねる姿はいつもより少し幼く見える。
担任が少女の文句を笑いながらあしらう中、私は一人感心していた。
そうか、いつか二重になるなら今は一重でも良いのか――と。
何を隠そう、私も少女と同じように一重の民だったのである。

色気づき始めた同級生たちがこぞって二重を手に入れようと努力する姿を見せる頃、私は一人焦っていた。
私は一重の瞳を気に入っているんだけど、みんなのように二重にならなくちゃいけないのかな――と。
小学生の頃から嗜好が大多数とはずれていることには気が付いていた。
けれどあまりにも大勢が二重二重と騒ぐから、私も鏡を前にして瞼へ皺を刻み込んでみたりしたのである。

そんな時にこの担任の一言だった。
担任にそんなつもりは微塵もなかっただろうが、私はこの一言に大いに救われることになる。
以来私はこの年になるまで、一度もアイプチなるものにお世話になったことはない。

そして現在。
云十年の月日を過ぎて鏡を見ると、確かに私は二重になった。
担任が言った通り、アイプチを使わずとも瞼に皺ができて自然に二重ができる――。
そんな年齢になってしまった。
私が学生だった頃の年齢よりも、担任がこの発言をした時の年齢の方が近くなってしまったのだから当たり前と言えば当たり前か。
気に入っていた一重の瞳がなくなってしまったのはちょっと寂しい。
年を追うごとに皺が増えていくのも衰えているようでやるせない。
だけどこの皺の一つ一つも私が日々を積み重ねて出来た轍なのかなと考えれば、少しだけ愛着が持てる気がする。

同級生は今頃どうしているだろうか。
どこかのタイミングで早々に整形でもして、綺麗な二重を手に入れてしまっただろうか。
あるいは私のように自然に出来上がった二重を見て、あんなこと言われたなぁと昔を懐かしんでいるだろうか。
そんなことを思い出しながら私は今日も鏡に向かう。

ねぇ、先生。
年を重ねたら皺ができて二重になったけど、最近更に細かい皺ができてきたよ。
このままだと三重になるんじゃないの……って不安なんだけど、今度はどうしたらいいでしょうね?
(目元にアイクリームを塗りながら)

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