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私と双極性障害②

みなさん、こんにちは。
双極主婦まっちです。

今回は双極性障害と診断されるまでの話の後半になります。

前半が気になる方はこちらの記事をご覧ください。


適応障害と診断された後の焦燥感

新卒から数えて4年目の12月。
適応障害と診断された私は、最初は申し訳なさいっぱいで過ごしていましたが
そのうち働きたいと思うようになりました。
そう思った理由の一つにお金の問題がありました。
当時の私は、5つのローンを組んでいました。
 スマホ、タブレット、パソコン、脱毛、新車
そうです。お金がありませんでした。

休職は1ヶ月以上でないと適用されないため、
12月中の休みは全て欠勤扱いとなります。
そうなるとお給料がマイナス給与になる月が発生します。
このままだと立ち行かなくなると思った私は、
当時の主治医と会社と産業医と相談して翌月の1月に復帰したのです。

派遣先もすぐに決まった
幸先の良いスタート

前の派遣先は体調が悪化した際に終了していたので
新たな職場を見つける必要がありました。
幸いにもひと月立たずして新しい派遣先が決まりました。
今まで住んでいたお家ともお別れし
(部屋の片付けができず散らかっていました)
新しいスタートを切れたと感じました。
しかし徐々に様子がおかしくなっていきます。

とてもイライラ、こんなの私じゃない

新しい職場は前職場と違い天国のような心地よさでした。
殺気がなく、話を聞いてもらえて、助言ももらえる
当たり前かもしれませんが、とても嬉しかったのを覚えています。
しかし夏前頃から異変が起きます。
些細なことで、とてもイライラするのです。
同期の言動や家族の言動、どれをとってもイライラ。
今までの私では考えられないくらい、イライラしました。
お金遣いもなかなか改善されず、思い詰めた私は
突然の引っ越しを敢行します。
まずは新車で買ったお気に入りの車を手放しました。
そして職場からも近かった実家に引っ越しました。
この頃の私は、怒りっぽさに戸惑いながら、行動力の鬼と化していました。
全能感に溢れて、言うなればスターがついた状態が続いていたのでした。

電池が切れたかのように動けなくなる冬

その日はまた突然やってきました。
イライラしていた自分に対する罪悪感・後悔が襲ってきました。
そしてあれだけ行動できていたエネルギーも枯渇してしまいました。
次第に仕事へ行くのも苦痛を感じるようになりました。
電車の中で倒れることもありました。
騙し騙し日常生活を送っていましたが、
新卒から6年目に差し掛かった3月。とうとう途中下車したまま動けなくなりました。

ひとまず病院へ行こう

おかしいなと思いました。
職場はどちらかというと恵まれた環境で
前のようなプレッシャーはないはず。
なんでこうなってるの?と疑問がいっぱいでした。
何より良くしていただいている職場の方々に申し訳なくて
どうにかこの状態から抜け出すためにも
メンタルクリニックに初診で飛び込むことにしました。
運よく見ていただけるということで
夏頃のイライラの話や全能感を感じた話、
そして冬頃から始まった辛さを語りました。

診断の結果は双極性障害

先生は、「典型的な双極性障害ですね。今まで辛かったですね。」と。
ここで双極性障害という診断名がついたことにホッとしました。
こらえきれずに泣いてしまいました。
さっそく投薬を開始することになりました。
職場はしばらく休職することにしました。

そして今に至る

双極性障害と診断されて今年で丸4年。
5年目の春になります。
まだまだ安定しない日もあるし
何よりこれから長く付き合っていく病気になります。
薬は安定のためにも飲まないといけないし
自分自身のアップダウンをちゃんと把握しなくてはいけません。
〇〇しなくちゃ、と思っているうちはまだまだですね。
上手に楽しく寄り添っていきたいと思います。



ここまで読んでくださり、ありがとうございました。
また次回、お会いしましょう。

まっち
| Photo by まっち EOS kiss X7




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