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これは、友達が失くしてしまったジャケットと、探し物をしている友達への供養

ロストマーケット

ここはアメリカのとある町。ケイトという若い女性が大切そうに袋を抱えながらドライクリーニング店に入っていった。ケイトが持っていたのは彼女がどうしても欲しくてお金を貯めて800ドルで購入したプレミアのついたヴィンテージのジャケットだった。赤い派手な皮のジャケットで、裏地には薔薇の刺繍。みんなの目を引くジャケットは彼女のお気に入りだった。
店主に「ドライクリーニングでお願い!」と頼むと、店主は快く引き受けてくれた。料金の50ドル
を支払い、彼女は店を後にした。
そしてその日の夕方、業者の男性がケイトのジャケットやその他の衣類が入った袋を取りに来た。
ただ、この業者の男性、少し、いや、かなり抜けている。
車に積む途中で、彼はケイトのジャケットを落としてしまった。しかし彼は気付かない。そして車は去っていった。
誰の目から見ても派手なジャケットは、ある女の子に拾われた。ティーンエイジャーの女の子で名前はジェシカと言った。目を引く色のそのジャケットは直ぐにジェシカのお気に入りになった。
親はそれをどうしたのか?と聞いたがジェシカは一言「道に落ちてたから拾った」とだけ伝え、ファッションショーを始めた。
4日後、ケイトはドライクリーニング店にジ ャケットを受け取りに行った。すると店主は申し訳なさそうに「実はまだ戻ってきていない」と言ってきた。ケイトにとっては大切な大切なジャケットだ。「どうして!?今日が受け取り期限じゃない!あのジャケット、800ドルもしたのよ!?」と怒って伝えたが、店主は心底謝りながら「ただ、ウチで保証できるのは20ドルまでなんだ…」と伝えた。思わずカッとなり「それじゃぁクリーニング代にもならないじゃない!」と伝えたが「元々中古品だから相場は打倒だ」と言われてしまった。800ドルもしたのに。だがしかし、世の中からするとプレミアなんてものは関係ないのも彼女はわかっていた。
なので、とても悔しかったが、仕方なく諦めた。

そしてそのジャケットは、しばらくジェシカのお気に入りとして着られる事となった。
ただ、彼女も年頃の女の子だ。服の趣味も変わった。なので家のガレージセールでそのジャケットを50ドルで売る事にした。
そのジャケットに目をつけたのは60歳の女性だった。彼女もまた、そのジャケットに一目惚れをした一人だった。
「歳をとったら派手な服が良い」これが彼女の持論だった。
そしてそのジャケットは彼女が購入した。
彼女は60歳ではあるがとてもエネルギッシュな女性で、名前をキャサリンと言った。
キャサリンが気に入ったのは裏地の薔薇の刺繍だった。歳をとると見えない場所に入っている刺繍が丁寧に縫われているのもわかるようになる。
これが50ドルは確実に安いと思った。
そして彼女は色々な国を旅するのが趣味だ。日本にも行ったし、スイスにも行った。どこも素晴らしい景色だったけれど、この刺繍には勝てなかった。
ある時、旦那さんと旅行に出かけた。もちろん、このお気に入りのジャケットを着て。言葉はわからなかったけれど、みんながこのジャケットを見ている視線だけはわかった。
キャサリンも旦那さんも、もしかしたらこれが最後の海外旅行になるかもしれないと思い、精一杯楽しむために長期での旅行にした。
あと数日で帰国となったある日、雨が降りそうな重たい空模様だったため、キャサリンは念の為にとそれまで着ていたジャケットは着ずに観光した。
ホテルの部屋に着いてクローゼットを開けた時、彼女は愕然とした。お気に入りのジャケットが失くなっていたからだ。
すぐにフロントに連絡をし、ジャケットが盗まれたことを一生懸命に伝えたが、言葉が通じなかった。当時、通訳できるようなアプリがあったらまた違う結果になったかもしれない。
旦那さんは「同じようなジャケットをこれから探せば良いさ。一生をかけてでも。」と酷く落胆した彼女に優しく告げた。彼女はその言葉を聞いて、なるほど、そうか。これからの私の旅は近場のお店やガレージセールや色々な所を巡る旅になるのか。それはそれで楽しくなりそうねなどと思っていた。そう。キャサリンはとてもポジティブな女性だったのだ。
そしてそのジャケットを盗んだ犯人はそのホテルで清掃を担当していたアントニオと言う小柄の男性だった。
アントニオはキャサリンが着ていたジャケットに密かに憧れていた。別に盗る気は無かったのだが、試しに着てみたら、やはり自分にとても似合っていた。魔が差してしまったのだ。
そして彼は、掃除の時に出る使用済みリネンの間に忍ばせて盗ってしまった。
悪い事をしているのもわかっていたし、自分がどれだけ愚かな行為をしたかもわかっていた。
地獄に堕ちる覚悟でそのジャケットを盗んだ。それ程にそのジャケットは彼を虜にさせたのだった。

薄給のアントニオの唯一の楽しみがジャズバーに行くことだった。しかも月に一度。それ程にこのホテルの清掃の給料は少なかった。
アントニオは母親と、まだ学生の弟と妹と共に住んでいた。父親を早くに亡くしてしまい、母親も働いているがそこまで多くは稼いでいなかったので、義務教育が終わるとすぐにホテルの清掃員として働き始めた青年だった。実は彼は、歌がとても上手く、本当は歌手になるのが夢だったのだが、家にはお金もなく、夢を追いかけられる程の余裕がなかった。なので彼は、弟と妹にいつも「お金は兄ちゃんが何とかするから、2人は好きな所に進学するんだよ。」と言っていた。家族想いの青年だった。そんな善良な人間に盗みを働かせる程にこのジャケットは素敵なものだった。
そして彼はお気に入りのそのジャケットを着てジャズバーに向かった。
ジャズバーに入ると、今まで見向きもしなかったお客さん達が一斉に集まって話しかけてきた。話の流れで、ジャズを歌うのが好きなことを話すと、「じゃぁ1曲歌ってみろよ」と言うので、彼は1曲披露した。
するとザワザワしていた店内が一斉に静まり返り、彼の歌に聞き入った。陶器のような滑らかな、そして静かな湖のように透き通った声で歌うアントニオは、その後、ジャズ・シンガーとして世界中で人気を博した。
そして彼は、2年も経たずに清掃員の頃よりも遥かに稼げるようになり、母親や弟と妹に対して満足のいく支援はできるようになったのだが、ただ1つ、盗んでしまったジャケットの事をずっと悔やんでいた。どうにかして元の持ち主の元に返したいと思っていたのだ。
そして彼は、働いていたホテルに頼み、自分がしてしまった過ちを心から詫び、当時の宿泊記録からキャサリンの住所を探し当てた。そして彼はキャサリンにジャケットと自分のサイン、お詫びの手紙と、慰謝料として1000ドルの小切手を送った。

キャサリンは突然、世界的なスターから送られてきた自分のジャケットとサイン、お詫びの手紙と小切手に心底驚いた。
ただ、少し悲しくもあった。自分のジャケットを探す旅が突如終わってしまったからだ。久しぶりに袖を通した彼女は、自分の姿勢が悪くなっていてジャケットが似合わなくなっている事実にも悲しくなった。
そして彼女は、そのジャケットをガレージセールで売る事にした。アントニオが自分の元から盗んで着ていたジャケットだと言ったら高値で売れるだろうが、彼の名誉の為にもそうしたくはなかった。何せ、買った額の数倍の値段の小切手と、文面から伝わってくる心からの謝罪に、キャサリンは心を打たれたからだった。

ある夏の暑い日、キャサリンはガレージセールを開いた。色んな土地で買った品物やドリンク等を売っていると、暑いのに頭までローブを纏った老婆がやって来た。
そして、そのジャケットを購入して行ったのだった。

話は変わるがケイトの近所に住む女性、モリーはプロムで自分が着たドレスを毎年ドライクリーニングに出していた。
このドレスはドレス職人をしていたモリーの祖母が手作りをしてくれたもので、彼女の肌の色や目の色、髪の色に合わせた世界に一つしかない特別なドレスだった。なので、自分の娘が大きくなった時、同じくプロムに着せるために毎年メンテナンスを怠らなかった。
そして、ケイトと同じドライクリーニング店に出していたのだ。
そして、彼女もまた輸送中にドレスを落とされ戻って来なかった。
そのドレスを拾ったのは初老の男性だった。彼はドレスには全く興味は無かったし、知識もないのでお金になれば何でもいいと古着屋に持っていった。
古着屋は初めこそ受け取りを拒否したものの、縫製の丁寧さや装飾の細やかさを見て、安く買取り、後で自分で高値で売ればいいと思い、20ドルで買うと言った。男性はそれでも良いと言い、取引は成功した。

その後、その古着屋はドレス専門の古着屋にそのドレスを持っていき、100ドルで売却した。
その後、そのドレスは数年間売れずにいた。なにせ、モリーにぴったりに作られているので合う女性がいなかったのだ。
そこに、カランカランとドアを開け入ってきた女性がいた。その子の名前はオリビア。モリーとは縁もゆかりも無いが、体型はもちろん、肌の色や目の色、髪の色もそっくりだった。
そして彼女はいくつかのドレスを試着した後、モリーの祖母が作ったドレスを購入して行った。まるで彼女のために作られたドレスのようだったからだ。
彼女はそれをとても気に入り、SNSにアップした。ただ、プロムのドレスとはいえかさばってしまう。
なので彼女は記念に何枚かの写真を撮影した後にやはりガレージセールで売ることにした。

彼女がガレージセールを開催した日はよく晴れた冬だった。真っ先に現れたのは頭までローブを被った老婆で、しばらく色々な物を見ていたが、買ったのはドレスのみだった。

その数日後、モリーはSNSでオリビアのトップページを偶然発見した。
自分の若い頃にそっくりな彼女が着ていたのはモリーの祖母が自分の為に作ってくれたドレスだった。すぐにモリーはオリビアにメッセージを送った。
「そのドレス、どこで買ったの?」とモリーが聞くと
「近くの中古のドレス専門の古着屋さんよ」とすぐに返信が来た。

モリーとオリビアは何度かやり取りをした。
モリーはオリビアにそのドレスは元々自分の祖母がプロムの時に作ってくれた物であった事やオリビアの容姿が昔の自分にそっくりな事、出来れば返して欲しい事等を伝えた。また、モリーのプロムの時の写真も一緒に送った。

オリビアは写真を見て本当にびっくりした。自分と似た容姿の人間が世界には3人いると言うが、まさにそれだと思う位にそっくりだったからだ。そして同時に申し訳なさも感じていた。そのドレスは数日前に売ってしまっていたからだ。そしてオリビアはその旨をモリーに伝えた。
モリーはとてもガッカリしたが、オリビアのせいでもないし、ましてや自分とそっくりなオリビアに対して親近感を覚えていたために「大丈夫よ。気にしないで。」と伝えた。


ある日、ケイトが買い物に出かける途中に車の外に目をやるとロスト マーケットと書かれた怪しいお店があるのに気が付いた。店内は薄暗く、中がどうなっているかわからない。そして外見もボロボロで入るのに戸惑うようなお店だった。
ただ、ケイトはそのお店が何故か気になって仕方がなかった。数日間、迷いに迷ったが行ってみることに決めた。
重いドアを押し開けるとやはり中は薄暗く、明るい外から入ってきたケイトは目が慣れるまでに少し時間がかかった。
「いらっしゃい」そう声をかけられたケイトは少しビクッとした。少し暑さを感じる季節なのにローブを身につけた老婆は汗ひとつかいていない。
「このお店には、誰かの失くしものが売ってるの」今度は反対側から幼い女の子の声が聞こえた。
「あなた、このお店が気になったのね?」今度はまた違う方向から幼い女の子の声が聞こえた。

「あなたがお探しの物はこれかい?」老婆はケイトがいつか失くした赤いジャケットを持っていた。
何が起きたか理解しきれないケイトが何も言えずにいると、また反対側から「そのジャケットはね、ある時はティーンエイジャーの女の子」別の方向からは「またある時は旅行が好きなおばあさん」今度は老婆が「またある時は世界的なジャズ・シンガーが着ていたジャケットだよ」と言ってきた。
ケイトはまだ理解しきれていなかった。やっと発する事が出来た言葉は「もう少しよく見せて?」だった。
老婆は「構わんよ」と言うので近付いて見てみる。
紛れもなく、自分がドライクリーニング店に出した時に返ってこなかったジャケットだった。確かに誰かに着古されたのか少し味が出ている。
そしてケイトは「これは…私のジャケット」と一言呟いた。
老婆は「その子はアンタの元に帰りたがってたよ」反対側の女の子は「戻れて良かったわね」別方向の女の子は「お代はいらないわ。あなたのものだもの。」と言ってきた。
ケイトが「ありがとうございます」と伝えると老婆は「失くしものを見付けたい際はまたどうぞ」と言った。
思わぬ所でジャケットと再会したケイトは帰るなりさっそく着た。間違いなくそれは彼女のジャケットで、裏地の刺繍もどこも解れてなく、今までの持ち主が大切に使ってくれていた証拠だった。
そしてケイトは次の日、暑かったけれどそのジャケットを着て過ごした。
それを見かけたモリーが「あら、そのジャケット、暑くないの?」と何気なく聞いた。上機嫌なケイトは「昨日、暗くて古いけど気になるお店に入ったら何年も前に失くしたこのジャケットがあったのよ!こんな奇跡みたいな事ってあるのね!」と言った。
モリーはそれを聞いて「実は私も祖母が作ってくれたプロムのドレスを失くしてしまって。SNSを見ていたら着た人を見付けてメッセージを送ったんだけど…そうしたらもう手元に無いって言われて…」と言った。
ケイトは「試しにそのお店に行ってみたら?」と伝え、お店の場所と「ロスト マーケット」という名前だと教えた。

翌日、モリーはそのお店に行ってみた。ケイトの言う通り暗くて古い。意を決してドアを押し開けた。

暗い店内の中には老婆が立っていた。
老婆は「いらっしゃい」とだけ答えた。すると後ろから「あなたも失くしものを探しに来たのね?」と女の子の声が聞こえた。更にまた違う方向から女の子の声で「あなたが探してるのはこれね?」と聞こえてきた。
ふと老婆の方に目をやると、老婆が持っていたのはモリーのプロムのドレスだった。
あまりの出来事に、ケイトと同じように声が出せないでいたモリーに後ろの女の子がこう言った「この子はね、あなたにそっくりな女の子がプロムで着たのよ」違う方向の女の子が「この子、ずーっとあなたの元に帰りたいって言ってたんだけど、その女の子が着てくれて幸せだったみたい」続けて老婆が「お代はいらないよ。あんたの物だからね」と言ってきた。

そして、やはり無事にドレスはモリーの元に戻ってきた。最後にモリーが「ありがとうございます」と言うと、老婆に「失くしものを見付けたい際はまたどうぞ」と言われ店を後にした。

家に帰り、モリーはオリビアにメッセージを送った。
無事に手元にドレスが返ってきた事。ロスト
マーケットで奇妙な体験をした事。
するとオリビアからも返信がきた。
「ドレスが戻ってきて良かったわ。もしかしたらそのドレスをガレージセールで買って行ったのはそのおばあさんかもしれない…」と。
オリビア曰く、その老婆は一つ一つ確かめるように品物を見た後、モリーのドレスだけを買って行ったのでよく覚えているらしい。

そして暫くした頃、ケイトがロスト マーケットの前を通ると既にお店は無かった。むしろ、元々無かったかのようになっていた。

そして、モリーはオリビアと頻繁に連絡を取る仲になったようで、年に数回、一緒に会って話をするようだ。お互いに自分の若い頃はこんなだったのかという気付きと、歳をとったらこんな風になるのかというなんとも不思議な感情になるらしい。

もしかしたら、あなたの町にもこのお店は現れるかもしれない。

それは、誰かの忘れられない物を置いている店、ロスト マーケット。物の声を聞き、元の持ち主に返す店主と、それを手伝う双子が営む店。
今日も誰かの失くしものを元の持ち主に返すために、どこかの町でひっそりと営まれている店。





最後まで読んでいただいてありがとうございます。
みなさまの失くしものがいつかどこかで見つかりますように。


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