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旅の登場人物(3)その他の登場人物と一期一会

「マスコミが伝えない、北朝鮮の本当の姿を私は見てきました」というのは訪朝報告会で演者が好んで使う表現で、特に左翼系の市民団体、在日コリアンの参加者が多い会場からは賛意が混ざった大きな拍手が沸く。

 確かに北朝鮮・朝鮮民主主義人民共和国についてのマスコミの報道は偏向が過ぎ揶揄も混ざる感がある。実際に現場に赴いた者からすると違和感を覚えるが「本当の姿を見てきました」とまで言い切る自信と厚かましさはぼくにはない。

 別にそれは北朝鮮に限らず、日本でも、韓国でも、アメリカでも同じで、世界中のどの国であっても「本当の姿を見て来た」などと言い切ることは出来ないのではないか。自分が見ているのはあくまでその国の一面に過ぎず、多くの人が多面的に複眼的に見ることで、ようやくおおよその姿が見えて来るのではないか。「私はこういうものを見ました」という限定的な表現に留めるのが本来であろう。それを自覚したうえで近づくための不断の努力は厭わない。マスコミの報道も確かにおかしいが「本当の姿を見て来た」ということばも不遜に過ぎる。

 ところで北朝鮮で案内員と接待員以外の登場人物としてあげるなら、滞在中ずっと車を運転してくれる運転手さん、大人数の団体になるとカメラマンがつく。帰国前日に撮りためて編集したDVDは1枚5,000円(2013年当時)で販売される。ふたりとも朝鮮語しか話せないためか、余りぼくたち訪朝団と話すことはない。黙々と影のように自分の仕事をこなす。時に雄弁に過ぎる案内員とは対照的だ。

 他の登場人物はほぼいない。少ない例外は訪問先の施設を案内する施設の担当者。地下鉄でおずおずと隣の席に座ったり、道ですれ違い、また車の窓越しに目が合った市民たち。会話をすることはほとんどない。一度金日成主席と金正日総書記の銅像がある万寿台の丘で、大学職員という30歳ぐらいの男性がいたずらっぽく「こんにちは」と日本語で声をかけて来たことがあった。朝鮮語で返すと「ええ!なんで日本人なのに朝鮮語出来るの?」「同志もなんで朝鮮人なのに日本語出来るのさ!」とぼくも驚き盛り上がった。案内員から後でやんわり注意された。時間にしてわずか数分の奇跡のような出会いだった。

「北朝鮮って面白いとおっしゃってましたが、北岡さんにとってその魅力とは何ですか」。

 ある講演会で聞かれ躊躇した。限られた時間で答えるのは難しい質問だった。

 ひとつ述べるなら、一期一会ということばを骨の髄まで感じられることがその魅力だ。2013年に毎晩のように通ったバー「銀河水」でことばを交わし、そこで出会ったアメリカ人の友人ブラッドと日英朝の3か国語のつたない冗談に大笑いした女性接待員のヒョニとぼくはもう会えない(あの時のもどかしくも不器用なやりとりは、まさに日米朝の関係そのものだった。だが最後の夜、3人で握手して別れた結末は、国同士の関係でも反映されることをぼくは祈る)。

 万寿台でことばを交わした大学職員の男性とも、もうこの先の人生で再会することはないだろう。

 ヒョニはどこかに異動したと2015年に「銀河水」で聞いたが、それを教えてくれた接待員は場所までは教えてくれなかった(それを帰国後にメールで知らせた時のブラッドの落ち込みようは相当なものだった)。もし場所がわかってもぼくが行くことは難しい。スマホでLINEのアカウントを交換し、燃え殻さんの小説「ボクたちはみんな大人になれなかった」のようにFacebookでヒョニを検索して見つけ出すことも出来ない。万が一それが出来たとて、一旦停止していた、たどたどしいジョーク混じりの2013年の夜の会話が再開されることもないかも知れない。 

 時に口うるさい案内員も、毎晩のように冗談を交わした接待員ヒョニも、幸運にもわずかなことばを交わすことが出来た市民も、目が合いおずおずと手を振って来た子どもたちとも再び会えないと思うと切なくなる。記憶だけが徐々に薄まりながら残る。SNSとインターネットのおかげでこれだけ狭くなった地球の端っこで、未だ一期一会のことばの深さと寂寥感を嫌になるくらい感じるのが北朝鮮への旅であり、それを覚悟しながら巡るのがまた醍醐味なのである。そしてそれを身をもって知っていること。もしかするとそれはぼくが人生で誇れる、数少ないことなのかも知れない。

■ 北のHow to その8 
 震災もあったしコロナもあった。一期一会を思い知る瞬間などこれまで何回もあったよという方は多いのかも知れない。だが、北朝鮮の出会いはほぼ全てが一期一会と思った方がいい。その想いを胸に、ひとつの出会いを大事にしたい。

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