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1004「令和元年のホワイトスネイク」

一昨日? 昨日? よくわからなくなってしまったが、成田から帰ってくる直前に、子供たちに日本の雑誌や本を買った際に、ANAのチェックインのところの右奥のツタヤで、珍しく日本の雑誌を一冊購入した。その雑誌とは、知る人ぞ知る、日本唯一のヘビーメタル・ハードロック専門誌「BURRN!」だ。書店に並んでいたのが、創刊35周年記念の超特大号、過去35年の表紙や、年ごとのヘビーメタル・ハードロック業界での事件やら、名盤やらが網羅的に掲載されているものだった。これは懐かしくて、飛行機に乗っている間に読んでみようと思って、ちょっと重かったけど購入してみたのだ。

過去35年の表紙が掲載されているのでわかるのだが、私がこの雑誌を購入したのは恐らく1994年の2月号、ヴィンス・ニールが抜けてオルタナっぽくなったモトリー・クルーが表紙の号だった。つまり、私はだいたい25年くらいぶりにヘビーメタル・ハードロック専門誌を購入したのだ。

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私は、高1〜高2くらいの時代、完全にメタルっ子だった。この「BURRN!」に掲載されている記事やインタビューを食い入るように読みまくって、どんどん周辺知識を得ていった。お金がなくってライブなどには行けなかったが、GUNS N’ ROSESくらいは行ったような気がする。非常に濃密な時期で、途中で2ヶ月アメリカに留学したりとかもあった時期なので、すごく長かったような気もするが、この過去表紙リストを見るに、私が初めて「BURRN!」を手に取ったのが1992年の5月号、元ハノイ・ロックスのマイケル・モンローの新バンド(速攻で解散してCD出せなかったやつ)が表紙の号で、学校帰りに大橋のバス停の近くにあった小さい本屋の前で購入した強い記憶がある。

すごく長かったようで、私と「BURRN!」=ヘビーメタル音楽との蜜月期というのは2年もなかったということになる。高1の一学期の最後くらいから高2の三学期ということになるのか。

実は私が高2だった年の後半は、いわゆる「オルタナティブ・ロック」が盛り上がっていた時期だった。歪んだギターとリフという共通点はまあまああるが、服装とかがいわゆる伝統的なレザーに鋲が打ってあるようなメタルメタルしたスタイルと違って短パンとかだったし、「BURRN!」の編集者や読者たちは、必死にこの、「世の中のオルタナ化」に抵抗していて、パール・ジャムとかスマパンとか、そういう音楽を酷評したり、見て見ぬ振りをしたり、苦々しく見ていたりしていた。私も「BURRN!」ばかり読んでいたので、完全に洗脳されていて、「オルタナ死ね」くらいには思っていた。

そんな中、「仲間」であるはずのメタルバンドたちのサウンドが、こぞってオルタナティブ・ロックっぽくなる時期が来る。売れ筋に転向したというよりか、世の中の雰囲気に影響されたと言えるのかもしれない。このあたりで、ヘビーメタル・ハードロック業界の落日は明白になった。

私は、高2の冬くらいに、あるメタルバンドがカバーしていたケイト・ブッシュの「嵐が丘」を聴いて、格好良いじゃないかと思い、中古CD屋で投げ売りされていた同じケイト・ブッシュの「THE DREAMING」を購入して、その「全然違う」前衛的な感じに衝撃を受けて、「ロッキング・オン」方向に転向したり、渋谷系じみたものすら聴くようになる。大学受験を目前にして、私は音楽的には軟弱化したのだ(「THE DREAMING」は、わかりにくい音楽なのでたぶん売れてなくて投げ売りされていたが、私にとっては超名盤で、今もたまに聴く)。

そこで私の人格形成に関わったと言える私の「BURRN!」購読時代は終わったのだが、「BURRN!」はその後、なんとまさか、25年続いた。しかし、この35周年記念号に目を通すと、私が去った後のメタル界というか、「BURRN!」界隈がどのような苦難を経てきたのかがよくわかる。

「BURRN!」は、私が「ロッキング・オン」に転向して「オルタナOK」になった後も、決して折れることなく、「反オルタナ」を貫き、「BURRN!」が認める「正統派」のメタルバンドばかりをフィーチャーし続けた。

そしてこの35年の歴史をまとめた35周年記念号は、それがもたらした、残酷ながら強烈な事実というものを描き出している。

象徴的なのは、毎年選出される「ベスト・グループ」とか「ベスト・ギタリスト」みたいなやつで、これは、読者投票によって選出される「賞」だ。創刊の年、1984年の「ベスト・ベーシスト」は、アイアン・メイデンのスティーブ・ハリスだった。

そして昨年、2018年、の「ベスト・ベーシスト」は誰かというと、驚くべきことにアイアン・メイデンのスティーブ・ハリスなのだ。

この業界に世代交代があったかなかったかというと、多少はあったのは間違いないが、35年くらいスティーブ・ハリスが業界トップのベーシストとして君臨し続けてしまっているということになる。

もうこれじゃあほとんどロン・カーター(ジャズ・ベーシストの重鎮)だ。ロン・カーターは60年くらいやってるけど。

そんなわけだから、スティーブ・ハリスを始めとして、「BURRN!」の表紙を飾るミュージシャンたちは、還暦を超えている人たちも多い。おじいちゃんが音楽をやることは何も問題ないと思うが、実は「BURRN!」で扱わないメタルっぽい音楽というのはこの25年の間も登場しているので、ここから見えるのは、たぶん、あの頃「BURRN!」を読んでアイアン・メイデンにハマった若者たちが、恐らくずっと「BURRN!」を購入し続けていて、スティーブ・ハリスに投票し続けているのではないかということだ。

今年、2019年5月、平成最後の「BURRN!」の表紙は、驚くべきことに、ホワイトスネイクである。リーダーのデイヴィッド・カヴァデールは68歳だ。そうではないと怒られるかも知れないが、どう考えても全盛期は80年代だろう。

そういう日本の「メタルメディア」の現実を全く知らなかったわけではないものの、こうして総括されたものを読んで、自分の、バタバタと変化が起こり続けた25年を簡単に顧みつつも、「こういうパラレルワールドがあったのか」と、しみじみと思った。

実はこの話は、インターネットというものが何を変えたのか、ということにも関わってくる気がするし、思うところが結構あるので、また明日続きを書く気がする。

みんなにも読んでほしいですか?

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