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相撲警察と、日本のメタル・ジャーナリズムについて①

先週は、平日に仕事時間を調整して両国国技館で行われた「大相撲ファン感謝祭」に行ってきた。文字通り、日本相撲協会のファンイベントなのだが、これは極めて良いイベントだった。内容も良かったが、仕事目線で見ても、イベントのオペレーション的にも、導入されているシステム的にも、あまりこういうイベントをやっていないととかくバタバタして問題が続出しがちなところ、とてもスムーズに運営されているように見えた。

ゆえに、私を含めた大相撲クラスタの満足度は、Twitterなどを眺めていても総じて非常に高いイベントだったように思う。有名好角家だと、能町みね子さんなんかもこんなことを書いていて、それは本当にそうよねえと思う。

私も隅から隅までいろんなものに参加したが、特筆すべきは、「同時に四股を踏んだ最多人数」でギネスに挑戦するイベントに参加して、しれっとこの歳でギネス記録保持者になってしまったことだ。お蔭さまで、今週からギネス記録保持者を名乗っている。

そういったものだけではなくて、とにかく、普段は客席から眺めている土俵上の力士たちが、会場内に、これでもかというほどわんさか闊歩している状態というのがそこにはあって、あの憧れの力士と手押し相撲で戦うこともできれば、卓球したりトランプしたりすることもできるという、非常に大相撲ファンの気分を理解したイベントだったと言える。

そんな、総じてハッピーエンドを迎えたかに見えた「大相撲ファン感謝祭」だが、1つだけ、相撲ファンクラスタの間で炎上めいた話題になったのが、タイトルにも記した「相撲警察」だ。このツイートが話題を呼んで、この「相撲警察」さんに対する批判が盛り上がった。

といっても、そんなに分母が多いわけではないソーシャルメディア上の相撲ファンクラスタだ。特にクラスタ外に延焼することもなかった。大相撲が抱える、あまり注目されていないけど深刻な問題として、「ファンの高齢化」「若年層の相撲離れ」というのがある。ソーシャルメディアを使いこなしているファン層は他の競技なんかに較べて少ない。国技館に大相撲を観に行くと、その年齢層の高さに驚かされる。客席はご高齢の方々で埋まっている。

これは非常に根本的な問題で、たとえば、大相撲が若年層の支持を得られていない状態が続くと、NHKはそのうち大相撲中継をやめてしまうかもしれない。それ以前に、若い力士の入門が目減りしていくだろうし、実際、力士人口は既に減少傾向にある。若い力士候補が大相撲に憧れてこそ、力士の絶対数は保たれる。この高齢化社会においてはなおさら努力が必要なのだ。

大相撲の未来は、そういう意味で、客観的に見て暗い。そんな中、この「相撲警察」さんは、将来の大相撲を支えてくれるかもしれない「学校終わって楽しみに来た少女」を怯えさせて、大相撲という文化をつなぐ芽を摘んでしまったのかもしれないのだ。

で、真偽のほどは定かではないが、必然的に狭い大相撲ファンクラスタの中で、暗黙の了解気味に、この「相撲警察」さんが特定されている、というか、わりとみんな特定の人物のことだと思っているというのがある。実際この方が「相撲警察」なのかどうかは不確かだが、少なくともその方は、「そういうことをしそうな人」として広く認知されているのは確かで、ゆえに、大相撲ファンクラスタからヘイトを向けられてきたというのがある。

実際、ずっとアメリカに住んでいて、10年ぶりくらいに日本で大相撲を見ている筆者ですら、その方のことを認識していたくらいだ。で、本稿では別にこの「相撲警察」事件を嘆いたり、その方を非難したいのではなくって、同じような若年層離れ+新規ファンの流入を「警察」的にブロックして、数十年迷走し続ける羽目になってしまった1つの文化を思い出してしまって、さらにそこで起こっていた現象が、「相撲警察」さんや、「相撲警察」とみなされている方のファンとしてのスタンスと重なるところがある、ということが興味深くて、それについて書きたくなったので書いているのだが、文字数が多すぎるので次回にする。

その、前例的な文化とは「日本のメタル・ジャーナリズム」だ。

続き。


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