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0616「父の日」

体調も悪かったし、かなりメンタル的にも参っており、この土日は日記を書かずに何もせずに過ごしたい気分があったので、実は土日分の日記を金曜日の夜くらいに書いておいたのだが、いざ生活してみると書きたいことというか、気分の動きみたいのもあって、昨日のやつも含めて、結局当日に日記として書いている。

この土日、ほとんど家を出なかった。加えていうと、金曜日も前述の通り結構重い出来事があって、それの対処でがっつり仕事には出れなかった。自分の家なのだから別に良いではないかとも思うが、ニューヨークという街は結構、部屋に引きこもることに最適化されていないというか、ある種、ちゃんと街に出て活動しないことにはわざわざ住む必要のない街なので(リモートワークができて、アメリカに住みたいだけなら、全くニューヨークに住む必要はなくって、ニュージャージーの郊外とかのほうがよほどQOLが高い)、家にこもっていると焦る。

輪をかけて、ちょうどニューヨークの展示仕事が一段落ついてしまったので、(いろいろ仕込み中のものはあるが)さしあたっていまこの瞬間、あんまりニューヨークに張り付いていなければいけない仕事がない、という事実も、そのへんの気分に拍車をかける。

まあ土日なので、もちろん休んでいても良いのだが、どこかに出かけたほうがきっと気分も晴れるのに、全く身体が動かない。公園でも行くか、と思っても動かない。見かねた妻に、ロッカフェラーセンターでも行く? なんて言われても「あー。うー」とか言っている。筋トレにでも行くと良いが、体調も悪いし、気乗りしない。おまけに時差ボケと諸事情による不眠で、日中結構な時間寝落ちする。生活に締まりがなくなってくると、どんどん気持ちが暗澹としてくる。

このレベルでぐったりしているのって、約6年前にニューヨークに引っ越してきてから初めてに近い。今夜もこの街では最高のジャズが演奏されていて、いろんな欲求が渦巻いているし、たくさんの変なアイデアが生まれているのに、私の周辺は凪いでいて、時間が止まってしまった。自分がいる場所だけ、何年の何月何日なのかわからない。

寝落ちしているうちに、長男が近所のケーキ屋でケーキを買ってきた。彼はもうすっかり1人でニューヨークの街を歩くようになった。何のケーキだろうと思ったら、父の日のケーキなのだそうだ。私は、自分で父の日に父に何かをしたことがなかったし、自分も父の日に何かされたことなどなかったので、とても驚いた。なんか、ついにモノクロになってしまった自分の数日間の中で、そのケーキを中心とした半径数mくらいがカラーになったような感じがした。

そうか。父の日っていうのは、こういうものなのだな、と初めて思った。

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