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少女たちのカミサマ

小学生6年生のとき新興宗教を作ったことがある。

あのころ、わたしは縄文時代が大好きだった。歴史の資料集や図書館で借りてきた本を眺めてはうっとりと溜息をついていた。火焔土器のちっとも合理的じゃなさそうなデザイン。複雑に入り組んだうずまき模様、しま模様。宇宙人みたいな土偶たち。その自由で豊かな表現に胸をときめかせていたものだ。

縄文人になりたいという願望は日に日に高まり、ついに私は土偶を作ることを思いついた。土偶の材料は粘土である。地面をほったら粘土が出てくることは理科で習って知っていた。放課後、無我夢中で深い穴を掘った。

採掘した粘土に水を加えながらよく捏ねて、なんとか手のひらサイズの小さな人型を作ることができた。それを運動場に半分埋められたタイヤの中に隠して2、3日乾燥させる。手のひらの中にある、それはカミサマだった。

私は体が小さかったし精神的にも幼くてクラスメイトの言うことがあまりわからなかった。蹴られたり物を隠されたり囃し立てられたりすることはしょっちゅうだった。あるとき、朝の会の最中にいじめっ子のうちの1人を思う様椅子で殴り倒してしまった。すぐに学級会が開かれてそしたら誰も私に近づいてこなくなった。

私の母は神経質な人だったので、土の塊を家に持って帰ると怒られる気がして、カミサマは校庭のタイヤの中に隠して帰った。両親は共働きだったから団地の四階の鍵を開けたらまっくらだ。誰もいない。学校に行く日は休み時間や放課後にカミサマに会いにいった。カミサマはいつも私を待っていてくれた。私だけのカミサマだった。

あの日もいつものように、カミサマに会いにいった。タイヤからカミサマを取り出したとき、あの子が話しかけてきた。

「それ、なに?」

その子の名前は、仮にヒミコちゃんとしよう。小麦色の肌にクッキリと整った顔立ち、ウェーブのかかった長い髪をしていた。あとで知ったことだけどヒミコちゃんのうちは母子家庭でおかあさんは夜の仕事をしていた。

「カミサマ」と私は答えた。

「ふうん、みせて」

私は操られるようにカミサマをヒミコちゃんに渡した。ヒミコちゃんはしげしげとカミサマをみて

「これはみんなのカミサマにしよう。いいでしょ?」

と言った。それでわたしのカミサマはわたしたちのカミサマになったヒミコちゃんはログハウスに私と友達3人を集め、厳かにいった。

「いい?このカミサマを信じてることは5人だけの秘密。私たちはおんなじカミサマを信じる仲間よ。じゃあこれからカミサマにお祈りをします。みんな私の言葉を繰り返して。カミサマ、私たちをお守りください‥」

わたしたちはヒミコちゃんに言われるままに跪いて手を組み、祈りの言葉を捧げた。ヒミコちゃんはカミサマの言葉を代弁するようになった。わたしたちはカミサマに捧げるための花を摘んだり、踊りを練習したりした。わたしたちはその新しい遊びに熱中した。わたしのカミサマがわたしたちのカミサマになったとき、わたしはわたしたちになったのだ!

ヒミコちゃんはカミサマをログハウスの梁に隠した。カミサマに触れてもいいのはヒミコちゃんだけというお告げがあった。そしてそのようになった。ヒミコちゃんが誤ってカミサマを落として壊してしまったとき、水を使って治したらほめてくれた。お祈りをしているヒミコちゃんの横顔はとても真剣で美しかった。いつしか私の中でもカミサマとヒミコちゃんと私たちは不可分なものとなっていった。

そして‥そしてこれが江戸川乱歩とか古屋兎丸とか京極夏彦とかの作品だったらここからエグイ展開が待ってるところだけど現実は全く違っていた。

そして‥そしてカミサマはいなくなったのだ。ある日ログハウスの梁から消えていた。わたしたちはしばらく校庭を探し、やがてあきらめてケイドロをした。わたしはもう一度カミサマを作ろうとは思わなかった。ヒミコちゃんも作ってとは言わなかった。私たちのカミサマはあのカミサマだけでもう一度作ってもそれは違うなにかだったし、きっともう飽きていたんだと思う。

教団が解散してからもヒミコちゃんはたまに私と遊んでくれた。お祈りをしてなくてもヒミコちゃんは美人だ。むしろ笑ってるほうが可愛い。

ここまで書いて思ったんだけど、あのカミサマって神様だったんじゃない?


えっいいんですか!?お菓子とか買います!!