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土星アスタリスク後編

「何があった」

 ナカムラは腕を組み、眉間に皺を寄せている。機関士は顔をしかめて振り返る。

「襲撃です。これを見てください」

 指されたレーダーに目を向ける。複数の何かがこちらに向かっていた。

「羊飼いです」

 いつもの1機や2機ではない。タカハシはナカムラに目をやった。

「やれやれ、これじゃあ羊飼いじゃなくて羊の群れじゃないか」

「そんなかわいいもんじゃねえだろ」

「まあな」

 運転台に取り付けられている通信機から声が発せられた。

『機関士に告ぐ、直ちに停車せよ』

 毅然とした口調だった。機関士はそれに応えず走り続ける。もう一度通信機が鳴る。

『直ちに停車し、空賊およびミュージック接触者の引き渡しに協力せよ。従わなければ攻撃を再開する』

 機関士は顔を上げ、タカハシの方を向く。出発のときとは違い、焦りや不安がにじみ出ていた。

「どうされますか」

 タカハシは腕組をし、宙を睨む。やがて口を開いた。
「シェルモードに切り替えてくれ」

 頷き、機関士はシェルモードに切り替えた。

「ナカムラ、乗客を1号車から3号車に集めるぞ。機関士、乗客の避難が終わったら空の車両を引き離す。どうすればいい」

「おっしゃっていただければこちらで引き離せます」

「わかった。ナカムラ、全車両に伝えてくれ」

 ナカムラは運転席からマイクを取り、スイッチを入れた。

『乗客に告ぐ。今の揺れは羊飼いの砲撃によるものだ。さらなる攻撃も予測される。ヘルメットを着用し、まずは1から3号車に最低限の荷物を持って全員避難してくれ。それ以外の車両については、避難完了が分かり次第、順次外していく』

 シェルモードに切り替えたのを見るや否や、羊飼いたちは容赦なく攻撃を再開した。

「見境なしかよ……」

 あきれつつもタカハシは全車両にいき、空賊たちに避難誘導の手順を伝えていた。4号車を過ぎ、5号車に入ったところで、子供の泣く声が聞こえた。

「また買ってあげるから、ね?」

「いや。あのクマさんがいい」

「お願い、我慢して」

「いや」

 あの女の子と母親だった。タカハシは二人のもとに駆け寄る。

「どうした。早く避難しないと危ないぞ」

 母親は困惑した表情を浮かべる。

「実は、貨物車の中にこの子のお気に入りのぬいぐるみがありまして。大きいものだから何とかなだめて客車に入れないようにしたんですが……きゃあっ」

 再び客車が揺れた。そこにナカムラがやって来る。

「おい、タカハシ。何してんだ」

 子供は大粒の涙をこぼしている。タカハシは屈んで子供と目の高さを合わせ、頭を撫でた。

「俺がとってきてやるから、ママの言うこと聞くんだぞ」

 タカハシは女の子の顔を覗き込む。子供はタカハシを心配そうに見つめてから、こくん、と頷いた。タカハシはまた頭を撫でると、ナカムラの方を向いた。

「ナカムラ、ちょっと貨物車に用がある。お前は避難誘導を続けてくれ」

 ナカムラは目を見張って、腕をつかんだ。

「無茶はよせ。危険だ」

 つかまれた腕を振りほどく。

「大丈夫だ。すぐ戻る」

 タカハシはそう言ってナカムラの肩にぽん、と手を乗せると、貨物車に向かった。

 貨物車両を見渡して、タカハシは呆れかえった。何度か攻撃を受けていたせいで、壁の一部が盛り上がっている。もとは整然と置かれていたはずの荷物たちも、今は雑然としていた。

「こりゃ早いところ見つけて退散しないとな」

 攻撃を受けるたび、車体が揺れる。探し物どころか、立っているのも一苦労だった。

「全く、こんなに弾打ちやがって! どこから予算が出てるんだよ!」

 忌々しく吐き捨てながら、何とか荷物の山にたどり着く。ボストンバッグやらリュックやらをどかしてみると、ぬいぐるみの手が出てきた。

「これか……?」

 さらに掘り起こしてみると、クマのぬいぐるみが姿を現した。

『タカハシ、無事か? シェルモードにした分スピードが落ちている。そろそろ切り離さなきゃまずい。早く戻ってきてくれ』

 ナカムラの声がスピーカーから聞こえた。貨物車に響く音の感覚が短くなっている。タカハシはクマのぬいぐるみを抱えて貨物車を出た。

 激しい攻撃は客車にまで及んでいた。シェルモードとうたうだけあってひどい損傷は見られなかったが、車両同士のつなぎ目がゆがんでいた。

『乗客は全員避難した。あとはお前だけだ。頼むから無事でいてくれ、タカハシ』

 ナカムラが言い終えるとミュージックが流れた。けたたましく壁を打つ不協和音と不安定な足場を進むなか、ミュージックは励みになっていた。

この空は一つどこまでも広く
そう海の向こう

タカハシは力を振り絞って5号車を抜け、4号車にたどり着いた。目の前にナカムラが来ていた。

「タカハシ!」

「ナカムラ、切り離しを始めろ!」

「わかった! おい、切り離しを始めろ!」

 ナカムラが後ろを向いて怒鳴る。列車は揺れる。タカハシは座席にしがみつきながらも立ち上がり、3号車の入口に向かって駆けだす。ナカムラが手を伸ばしている。ミュージックが鳴っている。

一瞬でいい少しでいい思いを刻む
ただ果てなく時を越え輝きだす

 バキッ、ミシッ、ガガガガ。


「えっ?」

 下から突き上げるような大きな揺れが起きた。かと思えば視界に星々の瞬きが広がる。3号車はだんだん遠くなっていく。手を伸ばしているナカムラ。タカハシは4号車とともに落ちていいた。銀河に吸い込まれる中、耳の奥でミュージックが淡く響いていた。

 物語は心のなかで続いている
 あの日のきみはいつか夜汽車に乗って——

作中に出てきた楽曲
ORANGE RANGE「*〜アスタリスク〜」


お金が入っていないうちに前言撤回!! ごめん!! 考え中!!