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撃鉄とラヴソング 後編

 朝起きて洗顔し、食堂に行って朝食を食べる。トーストも目玉焼きもサラダもインスタントのコーンポタージュも、どんな味だったかあまり覚えていない。ただ決められた時間以内にこなさなければいけない作業の内の一つでしかなかった。終わったら少し広い部屋に入り、身長と体重、胸囲や胴囲など図ってもらい、指定されたサイズの戦闘服をもらいに行く。僕は上下ともに5Aと言われ、サイズについて詳しくわからなかったが着た感じはぴったりだった。
 昨日の大広間に入り、全員が揃うと明かりが消え、スクリーンが目の前に現れた。この辺りの地図が表示されている。

「これより、行軍の説明に入る」

 上官の声が静まった室内に響き、僕たちは背筋を伸ばした。内容は小銃とリュックを持って二五キロ程先にある射撃場に向かうというものだった。ルートは海岸沿いを歩き、原生花園を通り、畑地を横切って市街地を過ぎて到着という流れだった。

「行軍中に逃げ出した者が何人かいた。そのうち捕まえた者たちは懲役四年の刑を受けたが、問題は捕まらなかった者たちだ」

 そこで上官は顔をしかめる。嫌な予感がして、息を飲んだ。

「捕まらなかった者のほとんどは林や山の中に逃げ込み、それ以降姿を見たものはいない」

 会場がどよめいた。戦闘服を着た男たちは僕と同じく不安や恐怖を露わにし、中には強制されていることへの不満を漏らす者もいた。

「静かにしろ」

 上官の一喝に、会場が静まり返る。上官は厳しい表情を崩さないまま、室内を見渡した。

「とにかく離れないように。以上だ」

 意義を許さないその一言に僕らは従い、大広間から出て行った。

 リュックを背負いながら小銃を持って歩くのはつらかった。子供くらいの重さのリュックであったが、子供を背負う方がまだ良かった。それに加えて靴底が硬くて、歩きづらい。足もふくらはぎも背中も肩も、悲鳴を上げていた。

「よし、ここで休憩だ」

 上官から言われたとたんスイッチが切れたみたいに、僕らはその場にへたり込んだ。しかしそれも束の間。怒声が響いた。

「荷物を持て。座るな」

 上官の目を見ると、従わざるを得なかった。僕らはリュックを背負いなおし、立ったまま水を飲んだり、軽いストレッチで痛みを紛らわせたりと、各々の十五分を過ごしはじめた。

「イツキ……大丈夫か」

 息を切らしたレントが声をかけてきた。

「結構……きついね」

 膝に手をつきながらレントを見る。レントは苦痛に顔をゆがませながらも辺りをさっと見渡し、息を整えた後耳打ちした。

「みんなの注意が散漫になったころ。射撃場付近の、市街地がチャンスだ」
「本当に、今日やるの?」
「なんだよ、残りたいか?」
「いや。そうじゃ、ないけど」
「再開するぞ。準備しろ」

 上官の号令で、行軍を再開した。それからも四五分進み十五分休憩を繰り返し、そのたびにレントと脱走の打ち合わせをした。と言っても、小銃は持っておこう、リュック捨てず、必要のないものを遠くへ投げて少しでもかく乱しようなど、提案されたことを、僕はただ頷いて聞いているだけだった。

 空が赤みを帯びた頃、やっと市街地に入った。セダンが何台か過ぎ、向こうの歩道では買い物袋を下げた主婦が子供と手をつないで歩いている。その光景を見てなぜか安堵した。

「ここで最後の休憩だ」

 上官が言い、各々休憩に入る。看板がくすんだレストランや、ペンキがところどころ剥げてしまった塀の絵。人が行きかう町に夕陽が射している。いよいよだ。上官とレントが何かを話し、それが終わるとこちらにやってきた。

「行くぞ」

 辺りを伺うレントに問いかける。

「上官と、なに話していたの?」
「トイレどこですかって、それだけ」

 レントと離れていく集団を見ながら建物の方へ向かって行き、死角になるところへ入ってどさっとリュックを下ろす。

「はあ、やっと体が軽くなったぜ」
「後半潰れるかと思ったよ」

 砂埃のにおいに、枯葉のにおいが混じっている。先ほどよりも呼吸がしやすい。重みから解放された背中に、血液が勢いよく巡るのがわかった。

「あ、自衛隊さんだあ!」

 反射的にレントも僕も立ち上がった。声の方へ顔を向けると、小学生四人がこちらを見ている。メガネの男の子が、ショートヘアの女の子に言う。

「違うよ、あの人たちは駆除団の人さ」

 するとおさげの女の子はメガネの男の子の顔を覗き込む。

「えー、じゃあビジターと戦っている人なの?」
「すげー、カッケー」

 ボウス頭の男の子も一緒になってはしゃいでいる。それはそうだ。マスコミは毎日駆除団のことを報道している。ネットではビジターの危険性を書き連ね、テレビでは駆除団や自衛隊がいかに平和のために戦っているかを報じている。小学生がなりたい職業ランキングにも自衛隊はランクインしているのだ。困惑している僕らに構わず、ショートヘアの子が飛び切りの笑顔で見上げる。

「がんばってください!」

 憧れを見るような目を向けられ、僕はどうしていいかわからなかった。ただ顔が引きつっているのをばれないようにごまかすので精いっぱいだった。が、レントは違った。子供たちの目線に合わせて屈み、彼ら四人を見る。

「大丈夫だ。俺たちに任せろ。気を付けて帰るんだぞ」

 子供たちは元気よく返事をし、駆け足で帰って行った。

「レント……」
「悪い、作戦失敗だな」

 レントは子供たちの背中を見送りながら言った。

「そうだね」

 背負いなおしたリュックはさっき以上に重く感じたが、構わなかった。

「お前ら、遅いぞ」

 みんなのところへ戻ると上官がものすごい剣幕で待っていた。僕たちはひたすら平謝りする。今回は来て間もないこともあって叱責で済んだが、次回からは連帯責任として全員にペナルティがつくそうだ。指示通りレントと最後尾に並び、行軍について行く。

「イツキ」

 射撃場が見えてきたところで、レントがぼそっと言った。

「なに」
「夜、ペンの音がうるさいかもしれないが、いいか」
「気にしないよ」
「すまないな」

 夜を連れてきた夕陽が、ひときわ赤く燃えている。射撃場の高い塀の向こうから、銃声が響いていた。

お金が入っていないうちに前言撤回!! ごめん!! 考え中!!