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火星Butter-Fly

「男の子をね、盗んできてほしいのです」

 暗いカフェの裸電球が、男を怪しく照らしている。最初に見たとき、ワダは普段仕事を依頼してくる輩とは異質だと感じた。絢爛な街並みにどぶの臭いが漂うこの火星都市で、薄汚いごろつきでもなければ嫌味ったらしい成金でもない中間層の人間など、いるはずがないのだ。

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「人さらいは専門外なんだが」

 ワダもかつては火星の開発や他惑星の探索など、大掛かりな事業を手がけていた。しかし木星探索に向かった従業員を事故で亡くし、事業はとん挫。会社は倒産し、今では盗人として暮らしている。

「でも、盗みは得意と聞いています」

 ワダは男の顔を注意深く観察する。白く、彫りが深い顔。右頬に古い切り傷の跡が残っている。

「ターゲットの名前はNo.8。木星の探索に向かった両親は事故で亡くなり、今はとある家で召使いとして働いています」

 ワダの胸に、杭を打たれたような痛みが走った。アイスコーヒーを飲む男の顔は平然としている。闇色の液体の中で、氷がからからと蠢く。

「もし受けてくださるのであれば、これを」

 男は丸いテーブルの上に、重々しい鉄の塊を静かに置いた。弾が5発分入る、小型のリボルバー。ワダはグリップをつかみ、鈍く光る銃身を眺める。シリンダーには1つだけ弾が入っていた。

「"火星の外にはなんでもある"とは、よく言ったものだな」

 ワダはリボルバーを上着の内ポケットに入れる。もともとは資材不足を揶揄した言葉であったが、今は依頼を引き受ける返事となった。

 ターゲットであるNo.8の居場所は、都市部から少し離れていた。それでも、スラム街とは大違いである。屋敷というほどではないが、大きな二階建ての家。暗くうら寂しい木々の間を、景観ホログラムの蝶がひらひら舞っている。

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 ーー誰もいないのだろうか?

 ワダは訝りながらもぐるっと家を回ると、1カ所だけ電気が点いている部屋があった。窓からのぞいてみると少年がいる。他に誰もいない。ワダは窓を開けてよじ登り、家の中に入った。

「動くな。お前がNo.8か?」

 少年は箒を持ったまま固まった。召使いにしては身にまとっているものはあまりに貧相で、大きな雑巾と見紛うほどである。

「一緒に来てもらおうか、坊や」

 少年が真っ直ぐワダを見る。怖がるわけでも、恨むわけでもない。ペンダントライトの光を受ける白い肌が、儚げな印象を与えていた。

「また、どこかに売られるの?」

「どうだろうな」

 ワダはとっさに目をそらし、食卓を見た。この家の主が食べるはずのものだったのだろう。大きな骨付き肉が2本、皿にのっている。

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「ねえ、おじさん。これ食べてよ」

 少年も食卓を見る。ごちそうに注がれる視線は冷たかった。

「お前が食べればいいだろう。最後の晩餐ってやつさ」

「食べちゃいけないことになってるんだ」

「なぜ?」

「ぼくは、ただの召使いだから」

 無感情に答える少年をじっと見る。細く、弱々しい腕。テーブルの肉の方がずっと健康的だった。ワダはおもむろに骨付き肉を1本つかみ、かじりつく。

「お前は今日からヤガミと名乗れ。雇い主は俺だ」

 少年は呆然としている。ワダは唇についた脂を手の甲で拭い、食卓のもう1本を掴む。

「理不尽か? だがそれが火星ってとこなのさ」

 ワダは後でつかんだ方の肉を差し出す。少年は肉に見入っている。

「契約として、お前はこの肉を食べろ」

 少年は肉を受け取り、ライトにかざした。何度か角度を変えて肉を見たあと、ゆっくり口元までおろし、かじりついた。精いっぱい開けた、大きな一口だった。

「契約成立だ」

 ワダとヤガミが肉にかぶりついた。こんがり焼いた表面は香ばしく、噛みごたえのある赤身から肉汁がしみ出る。無心になってむさぼり、骨を丸裸にしたとき、二人は気づいた。遠くから聞こえる、エンジン音。こちらに近づいている。

「おい、逃げるぞ」

 玄関から扉が開く音が聞こえる。ワダはヤガミを抱える。ぎし、ぎしと足音がこちらに向かって近づいてくる。窓をあけてへりに手をのせる。そのとき勢いよく部屋のドアが開いた。ワダと男の目が合う。大柄な男だった。

「おめえ、誰だ?」

 男が睨みつける。ワダは脱出をあきらめ、ヤガミを背中に隠れるようにと促す。

「そいつはよお、俺が買ったものなんだぜ」

「悪いが俺が新しい雇用主だ」

 ワダは男を見据えている。髭面は薄ら笑いを浮かべ、やがて高笑いに変わった。それからわざとらしくため息をつくと、腰からナイフを取り出し、抜いたさやを投げ捨てる。

「そんな話、あってたまるかああ!」

 男が向かってくる。刃はぎらりと光り、切っ先がワダを睨みつけている。ナイフを振り上げた時、ワダはがら空きになった男のボディに突進した。男は吹っ飛び、勢いよく壁にぶつかる。

「ヤガミ、窓の外へ!」

 ヤガミは窓から外へ出る。男は立ち上がり、追いかけようとする。ワダはリボルバーを内ポケットから出し、銃口を向ける。相手はピタッと止まった。

「理不尽ならあるじゃないか。掃いて捨てるほど」

 瞬間、銃口が天井の方を向く。リボルバーが火を吹き、ペンダントライトを撃ち抜いた。乾いた金属音とガラスの割れた音を機に、窓際にいた色とりどりの蝶が暗闇に羽ばたく。

「こっちにこい!」

 外に出たワダはヤガミについてくるよう合図し、玄関に向かう。男が追ってくる気配はない。黒いバイクが入り口前にとまっている。

「カギがなきゃ動かないよ」

「俺を誰だと思ってる」

 心配そうに見上げるヤガミに、ワダはキーを見せる。タックルしたときに男から奪ったものだった。ヤガミを乗せるとエンジンをかけ、夜明け前の道を走り抜けた。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 家につくとテーブルの上に、封筒と布に包まれたものが置いてあった。物珍しそうにあちこち見回すヤガミをおんぼろイスに座らせ、中身を確認する。当分生活に困らない程度の金と、一枚の石板。ワダはすぐに、依頼人からの報酬だとわかった。

「これはお前さんにやるよ」

 ヤガミは小さな両手で受け取り、じっと見つめている。と言うよりも、石板のひびを読み解いているようだった。

「これ、希望を歌っているんじゃないかな」

「歌? こんなところにミュージックなんてあるわけないだろ」

 ワダはヤガミの持つ石板をのぞきこみ、表面の傷跡をなぞる。気にもとめていなかったが、言われてみれば文字のようにも見える。ひび割れたメッセージはこんなふうに刻まれていた。

無限大な夢のあとの何も無い世の中じゃ
そうさ愛しい想いも負けそうになるけど
Stayしがちなイメージだらけの 頼りない翼でも
きっと飛べるさ ……

 はっと、ワダは何かが目の端を横切った気がして顔を上げた。火星の青い朝日が射し込む中、1匹の淡い黄色の蝶が飛んでいる。この家にホログラムなんてものはないはずだった。

「おいおい、お前も逃げてきたのか?」

 奇妙な事態に苦笑いするワダをよそに、蝶はヤガミの周りを飛ぶ。そして誘うように宙を舞うと、窓をすり抜けていった。二人は後を追い、外に出る。棄てられた線路の上に、男の影がある。例の依頼人だった。

「行って来い」

 蝶は招くようにひらひらする。少年は顔を上げる。ワダは不安げな表情を浮かべる少年の、やわらかな髪をなでた。

「火星の外には何でもある」

 ワダは少年の背中を押し、行くように促す。少年は一度振り向き、かけ足で男の方に向かっていった。青い光の中に向かう二つの影を見送りながら、ぽつり、と独りごちる。

「でも未来は、火星の中にもあるかもしれないな」

 その日以来ワダは、盗人から足を洗った。

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作中に出てきた楽曲
和田光司「Butter-Fly」

※ほんとは原曲のリンクを貼りたかったのですが見つからなかったためカバーの中でも1番好きな遠藤正明さんのカバーを貼りました。

お金が入っていないうちに前言撤回!! ごめん!! 考え中!!