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しゅわしゅわの飲み物と・・・

シュワシュワシュワシュワシュワシュワシュワ・・・

この部屋はマンションの7階にあるのに、蝉の泣きわめく声が聞こえてくる。マンションの一階の駐輪場にはたくさんの木が植えてあって、そこに蝉がたくさんとまっているのだ。

茶色の古い年代物のクーラーはリビングにしかなく、自分のいる子供部屋にはクーラーはなかった。7階なので午前中は全部の窓を開け放しておいて、自然風と扇風機で耐える。強い西日がリビングに差してくる夕刻になると、やっと母がリビングのクーラーをつけるのだ。古くて大きい音を鳴らしながら冷たい風を出すクーラー。故に窓が開けっぱなしなので、蝉の鳴き声が容赦なく家の中まで聞こえてくる。

ピンポーンと家のチャイムがなった。不用心な事に、玄関も開けっぱなしなのだが、このマンションの在宅中の家は玄関は結構開いている所が多かった。午前中は人の出入りが多いので、みんな安心していた。

「まいど「はまや」でーす」

と、低い陽気な声が聞こえてきた。酒屋のお兄さんか、と理解した。客人は客人だが、暑くて玄関まで行く気にはなれない。母は洗濯物をベランダで干していて玄関に向かって「はーーーい」と言うだけだった。「はまや」という酒屋のお兄さんはカチャカチャと音を鳴らすビールのケースを持って「おじゃましまーす」と控えめに言い、家に上がってきた。細い体つきの人であったと思うが、父親以外の男の人が家に入ってくるのは「違和感」がある。別に悪い人ではないとは思うけど。子供部屋の引き戸も開け放しているので、入ってくる様子は丸見えだ。酒屋のお兄さんは私を確認すると「こんにちは~暑いねぇ」なんて陽気な感じで言いながらビールのケースを運んできた。その様子を見るともなしに見ていると、最後に運ばれたケースをみて嬉しくなった。「キリンレモン」と書いたケースだった。

夏、と言えばビールだ。大人が大好きなしゅわしゅわの飲み物。子供には夏限定で母が「キリンレモン」の瓶を1ケースを頼んでくれた。私は幼稚園の頃ぐらいから、炭酸飲料を飲む事には抵抗がなかったので、真夏の暑い日に喉を潤すのに、瓶の炭酸飲料を飲むのが楽しみだった。一日一本までと決められていて、汗をたくさんかいてカラッカラだから、いくら小さい体でも瓶の分量ではまったく足りずに「もう一本飲みたい」とせがむ事があった、と記憶している。母の答えは当然「駄目」だった。

ケチ・・・と思いつつも、自分で瓶を空けるコトはまだできないし、母は夜のうちに飲む分だけの瓶を冷蔵庫に補充しているので、一日一本以上飲む事は叶わなかった。

夏休みのスケジュールは、夏休み初日に決めるタイムスケジュール通りに過ごすはずだけど「夏休みこども劇場」で「アサリちゃん」や「かぼちゃワイン」なんかを見ていると、午前中の宿題をする時間はあっという間になくなる。もちろん母に「宿題しないと知らんで」と言われるのだが「わかってる」なんて返事をして、少しだけ午前中にだらだらとドリルをして、そのうちに友達が遊びに来る。公園に行ったり、近くのプールに行ったりした。何をして遊んだかは全く覚えていないけど、夏休みをたっぷり楽しんでいた。

お昼ご飯にそうめんを食べて、また遊びに行き、体がカラッカラになると家に帰る。今は私なら子供に水筒を持たせるが、自分が子供の頃は遊びに行く時に、水筒を持っていくという習慣がなかった。喉が渇くとわざわざ家に帰って、つめたい麦茶を飲んでから、時間を確認してあと何時間遊べる・・・と計算してからまた家を飛び出す。

夕方、クーラーがついていると期待しながら家に帰る。おやつ代わりの瓶の「キリンレモン」を楽しみにして。

エレベーターを降りて、自分の家まで走る。角部屋だったから少し遠い。この時ばかりは、エレベーター近くの家が羨ましかった。

「ただいまっ」

リビングのドアを開けると、クーラーの独特の匂いがリビングに充満していた。西日が差し込むのでカーテンは閉められていて少し薄暗い。その薄暗い中で母はレンタルビデオ店で借りてきていたビデオを見ていた。

テレビを見てぎょっとする。母の好きなホラー映画だかスプラッター映画だか。

ビデオの内容はさておき、キリンレモンだ。冷蔵庫からキリンレモンの瓶を取り出し「あけて」と母におねがいをする。母はビデオを見ている途中だけど嫌がるそぶりも見せず、瓶をあけてくれた。いつになったら自分で空けることができるだろうか・・・ぷしゅっと、一瞬で王冠がカランカランとテーブルの上に落ちる。どうやって空くのかが、まだよく分からなかった。

キリンレモンをラッパ飲みしながら、テレビに見入る。妹は昼寝をしていた。

ヴンヴンヴンヴンヴィーン、とけたたましい機械音がテレビから流れる。ギザギザの、のこぎりの歯が電動で動いている。これで首をやられたら死ぬやん・・・と思いながらテレビにくぎ付けになった。なんか白いおめんのようなのものをかぶったアレ。

「なんなんこれ?」私は聞いた

「悪魔のいけにえや」

「ジェイソンじゃなくて?」

「似てるけどあれはホッケーマスクをかぶってるやつで、これは違う」

とかなんとか。母にホラー映画のレクチャーを受けながら、シュワシュワしたキリンレモンを飲んでいた。かなりシュールである。

「こんなん見たら、夜、トイレ行かれへん・・・」

と言いながらも、相当怖いけど、見てしまう。当時ホラー映画やスプラッター映画に年齢制限がなかったので、普通にそういう映画を見ていた。シュワシュワの飲み物や、ポテトチップスなんかをお供にして。

夏になると、シュワシュワの飲み物を飲みながら、ホラー映画が無性に見たくなるのは、きっと子供の頃のこういう経験があったからだと思う。子供の頃のホラー映画を見る経験が、後々の自分にとってどんな糧になったかは、分からないけど。

シュワシュワの飲み物は、キリンレモンではなく、今はビールに変わってしまった。でもホラー映画やスプラッター映画が好きなのは今でも変わらないようだ。


※チェーンソー男は、「13日の金曜日」のジェイソンではなく「悪魔のいけにえ」のレザーフェイスである。

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