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ビスケットとアルバイトのお姉さん

中学生の頃、よく友達とファーストフード店に行っていた。よく色んなファーストフード店に行ったし、よくそんなにも喋ったものだ、と思う。

超が付くほどのオタクだったので、週刊誌の少年漫画のキャラがどーのこーのという話や、あーんな事やこーんな事の妄想話に花を咲かせていた。約20年前は、「アニメオタク」的な趣味をもった人は、とんでもなく寒い目で見られていた。オタクはスクールカースト制度の中でも最下位に位置する。しかも少数派。コスメやオシャレ、アイドルに興味がある女子は最高位。しかもかわいい。

一方、最下位は外見が「芋」で、あまつさえ眼鏡をかけて、しかも興味があるのはアニメや漫画のキャラ。まるでゴミでも見るかのような目で見られ、最上位女子のマウンティングの対象だった。怖い。女子怖い。ただ女に生まれた以上、人との関わりを断つまで、このような女の世界で生きることが続く。げっそりする。

幸運にも同じ趣味を持つ友人が、何人もいたので、ハブられる事はなかった。

いつものように放課後、友達と少しのお小遣いをもって自転車で少し遠くのファーストフード店に行った。もちろん萌え~な話をするためだ。自分の部屋であんな事やこんな事の内容は、親には聞かれたくなかった。かといって公共の場で話す内容でもないが。これがオタクが嫌悪される所以だと、個人的に思っている。こんな事を言うと炎上する可能性があるんだっけか。まあいい。とにかくオタクだった私達は、人目をはばかる事なく、周りが目をひそめるような「萌え」を語りあっていた。

校区外の「ケンタッキー」が憩いの場所だった。早く行くと人があまりいない。しかも校区外だから同級生と鉢合わせる事はない。ささやかな癒しの場所だった。いつものようにドリンクとビスケットをオーダーする。私はこのケンタッキーのビスケットがすごく好きで、お小遣いに余裕がある時は2個買って食べていた。昔は120円ぐらいだったと思う。

スコーンみたいな香りと風貌なのに、スコーンのような固さはなく、ふわっと柔らかい。薄いふわふわの、それでいてしっとりしている生地。層になっているので、その層をはがしながら、ゆっくりちまちま食べるのだ。

付属のハニーメープルソースのメープルの匂いがたまらなく食欲をそそる。ハニーメープルシロップの袋は切り口を切ると、少しずつソースが出るような設計(?)になっていて、どろっと大量に出る事はない。シロップをゆっくり、とろーっとかける。黄金色のハニーメープルシロップがキラキラしていて、一気にぱくつきたい所だが、貧乏性なのでそれはできない。それができるのはせいぜい、お年玉をもらった後の太っ腹な時、ぐらいだ。

だんだん人が多くなってきた。ぐるりと見回すと満席に近かった。大きな駅の近くなので、色んな制服の女子高校生がいる。私立の制服が多い。革のスクールバッグがテキストやなんやらでパンパンに詰まっていそうなのが、よくわかる。すごく重そうだ。店員がチキンやサンドの入ったバスケットを持って、1階と、客席のある2階とを階段で往復している。少しせわしない。慣れてなさそうだ・・・新人のアルバイトかな?と、常連ぶりながら思った。こんな少しのオーダーで長居をする客は常連でもなんでもないのだが。

店内のざわついた様子、お店の回転が上手くいっていない様子を背中で感じつつ、時折ちらちら気にしながらも、友達とおしゃべりを楽しんだ。2階は客席と、ゴミ箱がある。調理する所は一階なので、店員がオーダーされた商品を客席に持っていく・・・お店が上手く回転していないので、オーダーした商品の出来上がり待ちを示す番号札が、ちらほらテーブルに立てられていた。番号札が立てられている客席まで、間違えずに持っていく、というのが、新人アルバイトの仕事のようだった。すごくあせっているので大丈夫かな、と少し心配した。

「どうして、間違えるの?!」

今自分たちのいるフロアで、どうやら新人アルバイトが先輩アルバイトに怒られているようだった。客席の雰囲気が、ガラッと重いものに変わった・・・もうそろそろ帰ろうか・・・と言い出したかったが、友人はまだしゃべりたりないようだった。次のお客さんがきたら帰ろう、と思った時、

ガタンっ!!!と質量の大きな音がした。そしてプラスチックのような物が床に落ちる音。もしかして、誰かが階段から落ちたんじゃ・・・と思って振り返ったら、先程の新人アルバイトが2階の客席でコケていた。多分つまずいた、のだろう。起き上がってプラスチックのトレーとバスケットとゴミを拾いながら、ぶつけたであろう膝を気にしていた。少し涙目のようだった。「大丈夫ですか?」と声をかけよう・・・と思ったが、その涙目の表情と悲壮感、ボロボロな様子。声をかけるのをためらわれた・・・こんな「キモイ」外見の中学生に、労りの言葉をかけられた所で、嫌かもしれない・・・迷惑かもしいれない・・・とも思った。非常に情けない考えであるが。もうお店に居られない、そもそも、こんなに長居して迷惑だなと再度思い、友人に「もう帰ろう」と言った。

家に帰ると、日がとっぷり暮れていた。夕飯を食べながら母に今日あった出来事を話した。新人アルバイトが怒られていたり、お店が忙しそうで・・・と話をした。新人アルバイトの人がこけた、怪我はなさそうだった・・・という話をしたら

「かわいそうね、その人に声はかけたと?」

母は福岡の出身なので、時折、博多弁がでる。母はビールを飲んでいた。キリンの瓶ビール。栓を開けるのは私の仕事だった。

「声、かけられへんかってん・・・」と、瓶ビールのラベルを見ながら、バツが悪そうに言った。あの時、新人アルバイトに声をかけなかった事が、後ろめたかったのだ。頭で理解するより、自分の感情と良心がそう言っていた。

「なんね!!!そういう時は「大丈夫ですか?」って声をかけんとね。」

と、少し怒られた。「うん、わかった・・・」と小さな声で返事をした。

母のその言葉は今でも、強く心に残っている。が、自分は自己肯定感が低いせいなのか、なんなのか分からないが「自分なんかが声をかけても」「自分なんかが助けても」と思う。本当に情けない考えだ。自己肯定感というモノが、なんなのか、まだ分かっていなかった頃は「自分は冷たい人間だ」と卑下していた。この歳になって、ようやく自分の事が分りはじめた。理由が分かれば改善の余地はある。

困った人がいたら、声をかけて手を差し伸べれる人間になろう。そう思っている。

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